もう7月か。
夏になるのがいやだ。
夏が来ないで欲しい。妾は妾には眩しすぎる。
皆がキラキラとしている夏。
妾には毒である。
夏休みといえば子どもらからしたら、待ち遠しいものだろう。
だが、今の妾には夏というのが過酷なものでしかない。
何か特別なことをしたいとも思わない。
妾は今は誰かの楽しそうな姿をほほ笑ましく流せるほどの器を持っていない。
妾は楽しくなくてもいいのだ。
皆と同じ感覚でなくていいのだ。
いつも通りが一番落ち着いていられる。
周りからの、浮かれた話はきっと妾への当てつけでも、圧力でもないはずなのに。妾はそう感じてしまう。
友達と久しぶりに会ったとしても、妾には何も報告することも、相談したいこともない。
妾の関心とはもっと日々の生活の小さなところにしかむいていないのだ。
それを友達に話したところで、何も話は広がらない。
結局友達との会話は、友達のアレやコレや。どこにいった。こんな体験をして。キラキラとした話を妾が聞いて、その話に妾が華を添えるように、共感するだけになってしまう。
友達は頑張って話をしてくれているのだろうけれど、妾に会話のストックというものがないせいで、相手ばかりの話になってしまう。
もうきっと、妾と友達との世界が変わってしまっているからなのだろう。
彼女等はそれぞれの環境で、それが当たり前なのであろう。
そして、妾の関心の幅もそれが当たり前なのである。
当たり前の標準を同じだと捉えることはもうできないのだ。
すごくたまになら、友達と会おうともおもえるが、
もう頻繁には会えない。
これは、距離が遠いからという話ではなく。
何を考えて過ごしているかがもう違うから妾は友達からしたら、過去の友人と、たまに会う。なのだろう。
妾は今の友人ではないのだ。
今も交流があるし。妾も今まで出会った友人は友人であると考えている。
しかし、今、現在を支えてくれる友人ではない。
友人である。
でも、今の友人ではない。
これは仕方のないことなのだ。
妾は一人で寂しがっていて、一人では何もできないのに。




