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氷の薔薇  作者: りりぁ
5/9

5.秒読みの楽園、引き金は甘い誘惑(後)

激しい焦燥感に駆られた私は、公爵邸を飛び出し、一人で少し離れた帝都の駅へと向かいました。

どこへ行く当てがあるわけでもありません。

ただ、あの冷え切った邸にいると、自分が消えてしまいそうだったのです。


蒸気機関車の煙が立ち込める、賑やかな駅のプラットホーム。


華やかなドレスを着た私が、一人でふらふらと歩いている姿は、ひどく目立っていたに違いありません。


「おや、こんなところで、迷子の美しいお嬢さん……いや、麗しいマダムかな?」


突然、背後から軽薄な、しかし酷く魅力的な声がかけられました。


振り返ると、そこには見事な軍服を纏った、整った容姿の青年が立っていました。

私より五歳は年下でしょうか。

引き締まった体に、悪戯っぽく笑う、どこか陰のある瞳。


「……なにか御用かしら?

 私はヴァレンティ公爵夫人よ。不躾に声をかけないで」


いつも通りの高慢な態度で拒絶しようとしました。

しかし、その青年——レックスは、怯えるどころか、さらに甘い笑みを深めました。


「これは失礼、公爵夫人。

 ですが、あなたのその『氷の薔薇』のような冷ややかな美しさに、私の心は一瞬で奪われてしまった。

 どうか、私の無礼をお許しいただき、その寂しげな瞳の理由を教えてくれませんか?」


氷の薔薇。


その言葉が、私の乾ききった心に、驚くほど深く突き刺さりました。


彼は私を見ている。

公爵夫人という肩書きではなく、私自身の美しさを、私という女を、激しく求めている。


後で知ったのですが、レックスにとってこれはただの「賭け」でした。

悪友たちとの「誰があの高慢な公爵夫人を落とせるか」という、退屈しのぎのゲームに過ぎなかったのです。


しかし、愛に飢え、狂いかけていた私は、一瞬で激しい恋に落ちてしまいました。


「あなた……レックス、と言ったかしら?」


「ええ、あなたの忠実な下僕です、アンナ」


彼は私の手をとり、手の甲に熱いキスを落としました。


その瞬間、私の頭の中で、何かが完全に弾け飛びました。


「レックス、私をどこかへ連れて行って。

 あの冷たい家も、私を見捨てた息子も、すべて捨ててあげるわ」


「……はは、本気かい、アンナ?

 スリル満点だね」


レックスは面白がるように笑いました。

彼は大人のアバンチュール、ちょっとした火遊びのつもりだったのでしょう。

まさか、公爵夫人が本当にすべてを投げ出すとは、思ってもみなかったに違いありません。


しかし、私は本気でした。


私を認めない世界など、こちらから捨ててやる。

レックスの隣で、私は再び「世界で一番愛される特別な女」に戻るのだ。


私は公爵夫人としての富も、名誉も、そして息子セルジオさえも駅のホームに置き去りにし、レックスの手を取って、遠く離れた街行きの列車へと飛び乗ったのです。

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