3.私の世界は薔薇色に満ちている(後)
私の幸福は、十六歳で息子を出産したことで、完全に絶頂へと達しました。
「ああ、見て、アレク! 私の赤ちゃんよ!
世界中の誰よりも美しくて、完璧な男の子だわ!」
「よくやった、アンナ。
ヴァレンティ公爵家の血脈を繋ぐ、立派な嫡男だ。この子は将来、国を背負う男に育て上げねばならん」
「教育のことなんて、今はどうでもいいわ!
この子は私のものよ。私を世界で一番愛するために生まれてきてくれたの。
そうでしょう、セルジオ?」
アレクは、私の肩を優しくなでてくれました。
「……体を休めなさい、アンナ。
君は今日、大仕事を成し遂げたのだから……」
アレクが部屋を去ると、私はすぐに召使に、キティを呼びに行かせました。
『お姉さま、早く私の美しい息子を見に来てちょうだい!』と。
キティは、そっと赤ん坊を抱き上げてくれました。
「まあ……本当に愛らしいお子様ですわ、アンナ様。
閣下にもよく似ていらっしゃる」
「そうでしょう? でも、この子は私に一番似ているの。
私から一瞬でも離れると、すぐに泣き出してしまうのよ。私のことが片時も忘れられないのね、可愛い子!
……私のかわいい、天使のようなセルジオ」
「これからは、お母様としてお忙しくなりますわね。寂しがる暇もありませんわ」
「寂しいなんて、あり得ないわ!
夜会には今まで通り出席して、皆の視線を独占するし、家に帰ればこの子が私を求めて泣き叫ぶのよ。
ああ、私は世界で一番、愛されている人間だわ!」
ゆりかごの中で眠る、プラチナブロンドの髪を持った愛らしい赤ん坊。
その小さな手を握りしめながら、私は激しい歓喜に震えていました。
セルジオは、私のすべてでした。
成長するにつれ、彼は驚くほど私に懐きました。
それもそのはずです。
父親であるアレクは、幼いセルジオに対しても常に厳格で、冷徹な態度を崩しませんでした。
公爵家の嫡男として、完璧であることを求める父親。
セルジオはアレクをひどく恐れ、何をするにも私の後ろに隠れて泣いていました。
「お母様、お母様……!」
「まあ、セルジオ!どうしたの、私の可愛い天使?」
「父上が……父上が怖いよ。
僕、一生懸命やったのに、全然褒めてくれないんだ。
僕のこと、嫌いなのかな……」
涙をぽろぽろと流すセルジオの頭を、私はきつく、 窒息しそうなほど強く抱きしめてあげました。
「可哀想なセルジオ。
あの人は冷たい氷のような男だから、あなたの本当の素晴らしさが分からないのよ。
でも安心して。お母様だけは、あなたの味方よ。
お母様は世界で一番あなたが大好きだし、あなたもお母様が一番でしょう?」
「うん! 僕、お母様が大好き!
お母様だけがいれば、他は何もいらない!」
「ええ、ええ。それでいいのよ。
ずっとお母様のそばにいなさい。
何か理由をつけて、いつでもお母様の部屋にいらっしゃい」
小さなセルジオは何度も頷きました。
それからのセルジオは、何かと言い訳を作っては私に纏わりついてきました。
お腹が痛い、頭が痛い、お母様にご本を読んでほしい――。
私ははその度にキティや社交界の友人たちに自慢しました。
「見てちょうだい、我が家の可愛いセルジオを。
あの子、私がいなければ一歩も動けないのよ。私が社交界で輝いている間も、ずっと私の帰りを泣いて待っているの。
本当に罪な母親だわ、私は」
周囲の貴婦人たちは、「まあ、微笑ましいこと」と口を揃えて賞賛してくれました。
美貌、権力、富、そして自分だけをひたすらに愛する息子。
「セルジオ。お母様は世界で一番セルジオを愛しているわ。
だから、ずっとお母様のそばにいなさいね」
小さなセルジオをぎゅっと抱きしめるたび、私の胸は言い知れぬ万能感で満たされました。
この子は私なしでは生きていけない。
私を全肯定し、私だけを求めてくれる存在。
私の強い承認欲求は、この小さな息子によって完全に満たされていたのです。
「アンナ様、セルジオ様は本当にアンナ様によく懐いておいでですね」
キティが、傍らで静かに言いました。
「ええ、当然よ!この子は私の宝物。
アレクみたいに冷たい人間には、この子の可愛さは分からないわ」
私は社交に出かければ「美しき若き母」として称賛を浴び、家に帰れば私を盲目的に慕う息子が待っている。
私は世界の中心にいました。
この輝かしい栄華が、永遠に続くのだと信じて疑いませんでした。




