第4話隆の酔話
根岸隆は、酒を飲むと上機嫌になり、普段はあまり話さないような博識な話題を披露することがあった。それはまるで、彼の内なる知識の泉が、酒の力で堰を切ったかのように溢れ出す瞬間だった。
ある晩、彼はフランスのシラク大統領について語り始めた。
「フランスのシラク大統領は日本語は話せないが、大の日本贔屓でね。何度か日本に来た際、当時の首相だった橋本龍太郎や村山富市と宴席で歓談したそうだ」
隆は、その時のシラクの質問を実に生き生きと語った。
「シラクは、『文永・弘安の役、つまり元寇の際に日本はカミカゼに二度も救われたが、一度目と二度目ではカミカゼが違うらしい。どう違ったのか?』と質問したんだ」
彼の話は、歴史的な事実と人物の個性が見事に織りなされていた。
「そこで、橋本龍太郎がその違いを詳しく説明した。それを聞いた村山富市が『あんた、そんなことよく知ってるねぇ!』と感嘆したらしい」
隆は、そこで一度言葉を切り、少し皮肉な笑みを浮かべた。
「周りは『逆だろう』と思ったそうだ。橋本龍太郎もすごいが、それ以上に、フランス人のシラク大統領が元寇についてそこまで詳しく知っているということに、まず敬意を表さなければならないと。村山富市のトンチンカンなところが、よく表れている話だ」
彼の口調は、ユーモラスでありながらも、歴史の深遠さと、政治家の資質を鋭く見抜く洞察力に満ちていた。
話は政治の世界へと移っていった。彼は、官僚答弁の持つ独特の哲学について持論を展開した。
「官僚答弁には、哲学的思考を使った独特の特徴がある。例えば、国会で大臣が失言をしたときだ。官僚が出てきて、『今の大臣の答弁で間違いはないのですが、敢えて補足して申し上げますと…』と前置きし、あとは全く違うことを言うんだ」
隆は、官僚が言葉を巧妙に操り、本質をごまかす手口を詳細に説明した。それは、彼が日頃から新聞記事の不明瞭な文章を厳しく批判していたことと通じるものだった。言葉は真実を伝えるためのものであり、ごまかすための道具ではない、という彼の信念がそこにあった。
さらに話は、2009年の民主党政権時代に行われた「事業仕分け」に及んだ。
「あの事業仕分けは、実は財務官僚が持たせたお土産だったんだ。確かな筋から聞いた話だ。『2位じゃダメなんですか』とか、そういう問題ではない。事業仕分け自体が、財務省が民主党に花を持たせるために仕組んだ茶番劇で、財務省が本当に手をつけられたら困る本丸には絶対に踏み込ませないようにできていた」
彼の言葉には、政治の裏側を知る者ならではの重みがあった。
「政治主導などと威勢のいいことを言っていたところで、所詮は民主党政権も財務省の手のひらで転がされていたに過ぎないのだ」
隆は、政治家がいくら理想を掲げても、官僚組織の巧妙な戦略の前には無力であるという現実を突きつけた。
最後に、彼は財務省の力について語った。
「財務省って、なんであんなに威張ってんの?」
そう長男の豪志に問われ、彼はシンプルかつ明快な答えを述べた。
「財務省、旧大蔵省は、各省庁の予算配分を決める権限を持っている。財布を握っている奴が一番偉いのは、どこの世界でも変わらんのだ」
彼の言葉は、複雑な政治構造を、ごく単純な人間関係の原則に還元してみせた。法律家として、権力の本質を深く見抜いてきた隆だからこそ語れる、鋭い洞察だった。彼は、酒の席で、法律や政治、歴史、そして人間の本質に至るまで、縦横無尽に語り続けた。それは、彼の知的探究心が、どれほど広範な領域に及んでいたかを物語るものだった。彼の酔話は、単なる雑談ではなく、彼の人生哲学、そして社会に対する深い洞察が凝縮された、貴重な教えだったのである。




