第21話紳士録、紳士倶楽部、華族会
根岸隆の人生は、日本の法曹界の表舞台だけでなく、知られざる特権階級の裏社会とも交差していた。そこには、一般には決して知られることのない、古い日本の階級社会の痕跡が色濃く残されていた。
幻の「紳士録」
1980年代頃まで、日本には「紳士録」という名の謎めいた冊子が存在していた。それは単なる名鑑ではなく、昭和の日本における真の特権階級、つまり政財界や官界、学術界で確固たる地位を築いた者たちのリストであった。根岸隆の名前も、その紳士録に掲載されていたという。
この紳士録にまつわる下世話な話として、1970年代に日本の宰相を務めた田中角栄が、どうしても自分の名前を載せてもらいたくて、多額の金銭を積んだという逸話がある。しかし、彼の名が最後まで掲載されることはなかった。それは、紳士録が金銭や政治権力では動かない、古くからの格式と血筋を重んじる、特別な世界の名簿であったことを物語っている。隆の名がそこに掲載されていたことは、彼の才能と実績が、世間の権力や金銭を超えた場所で認められていた証拠でもあった。
永田町の「紳士倶楽部」
2000年頃、隆は東大法学部の同級生で通産官僚を退官した友人に誘われ、ある特別な集会に参加した。それは、戦前の旧鹿鳴館の跡地、現在の永田町東急キャピトルホテルのあたりで夜な夜な開かれていた「紳士倶楽部」という催しだった。
この紳士倶楽部もまた、本物の日本の特権階級しか出入りできない場所だった。参加資格は、本人の素性、来歴が徹底的に調べ上げられ、その格式と血筋が証明された者のみに与えられた。隆は、友人に連れられてその場所に入り、執事らしき人物から「そちらの方は?」と問われた。すると、隆の友人は、ただ一言、深く頭を下げてこう答えた。
「ただの弁護士です」
その言葉には、友人の隆に対する深い敬意と、この特殊な空間における自身の立場をわきまえた、謙虚さが込められていた。隆は、この場にいる人々の間に流れる、言葉にはならない、しかし確かに存在する階級の意識を肌で感じ取った。それは、彼が日頃から戦っている、学歴や肩書に囚われた日本の社会とはまた異なる、より根深く、目に見えない階級の存在だった。
「華族会」の掟
隆が、中国の政財界に顔が利く西園寺一晃から聞いた話も、この階級社会の厳しさを物語っていた。それは、戦前の旧「華族」が集合して、自分たちのアイデンティティーを確かめ合う「華族会」という集まりだ。
華族会では、公侯伯子男の五爵、つまり公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という爵位が、そのまま序列となっていた。そこで、もし足を踏まれたとしても、爵位の低い男爵が、足を踏んだ爵位の高い侯爵に「失礼いたしました」と頭を下げるのが、この世界の掟であるらしい。
この話を聞いた隆は、日本という国に深く根ざした、見えない階級社会の存在を改めて認識した。ちなみに、西園寺一晃は、この爵位の二番目にあたる侯爵である。
隆は、これらの経験を通して、日本社会が持つ多層的な構造を深く理解した。彼は、法律という道具を使って社会の不条理と戦ってきたが、そこには、法律では決して変えることのできない、根深く、そして複雑な人間の関係と歴史が潜んでいることを知った。彼の人生は、表面的な社会の構造だけでなく、その裏側に隠された、真の日本の姿を追い求める旅でもあったのである。




