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万魔殿《パンデモニウム》は眠らない  作者: 初美陽一
第三幕 〝心〟なき美女は、ただ〝幸せ〟のみを願う (※リリエラの物語)

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3-02

 その昔、リリエラはとあるお屋敷のお嬢様でした。それはそれは裕福な家の生まれだったらしく、生きていくのに不自由したことなど、それまで一度もなかったようです。


 彼女には、幼少時代から将来を誓い合った、婚約者がいました。成長したリリエラはその婚約者の家に入り、兼ねてからの約束通り、結ばれることになったのです。


 婚約者の家は、リリエラの住んでいた街とは遠く離れた所にありました。見知らぬ地で、それでも自分達を待つ〝幸せ〟の日々を、リリエラはまるで疑ってはいなかったようです。


 しかし二人は一度も契りを交わすことさえなく、引き裂かれてしまいました。


 ――戦争でした。


 リリエラの夫は軍人で、戦争が起これば戦地へと赴かなければなりません。婚姻を結んでから間もないにも関わらず、リリエラの夫は出兵してしまうことになります。


 だけど夫は、出立の間際、リリエラにこう言い残しました。

『僕は必ず帰ってくるから――それまで、待っていてくれ』と。


 リリエラは夫の言葉を何一つ疑いもせず、待ち続けていました。彼は必ず帰ってくると、信じて待ち続けていたのです。彼が約束を違えたことなど、一度も無かったのですから。


 そして、信じて待ち続けたリリエラに届いたのは、一通の悲報でした。

 戦争には勝利し、戦火がリリエラの住む街にまで及ぶことはありませんでした。


 だけど彼は――リリエラの夫は、二度と帰ってこないのです。


 夫の母親は、溺愛していた息子が帰ってこないことを、その責任の全てを――リリエラに押し付けました。疫病神だと、悪魔の使いだと、蔑み始めたのです。


 それからの日々は、それまでの日々とは一転してしまいました。夫の母親はリリエラを使用人のように扱い、事あるごとにリリエラを虐げました。


 リリエラは、非常に不器用な女でした。そのような扱いを受けても、生家に助けを求めることすら思いつかず、ただ黙って耐え続けることしか出来ないような、酷く不器用な女でした。


 そうして耐え続けた日々は、最悪の形で幕を閉じることになります。夫の存在のみで保たれていたようなその家は、ただ浪費を続けることしか出来ず、他者の手へと渡ることになってしまったのです。


 そして、リリエラは――この家の所有物でしかなくなってしまった彼女は――金策のためという名目で、僅かな金貨と引き換えに、娼館へと売られることになったのです。

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