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娼館の主人はリリエラを、とてもとても大切に扱いました。ですがそれは、人としてではありません。彼はリリエラを見て最初に『なんと上質な商品だ』と言ったのです。
リリエラはもう、そこでは〝人間〟ではなく、ただの〝商品〟でした。疫病神だ悪魔の使いだと罵られていた頃と比べれば、どちらのほうがマシだったのでしょうか。
生娘であったリリエラには、それはそれは高値がついたようでした。初めての客を取らされた夜、娼館の主人は満面の笑みで『決して粗相がないように』と客の心配だけをします。
リリエラの目の前に現れた客は、リリエラの姿形を上から下まで舐るように眺め、手を叩いて下卑た笑みを浮かべました。
リリエラはただ、嵐が通り過ぎるまで――何もかもが終わるまで耐えようと、不器用な頭でそれだけを考え、眼を瞑っていました。
リリエラの肢体に、男の脂ぎった指先が少しずつ触れていきます。声を出さぬよう唇を噛むリリエラに、男はむしろ嗜虐心をそそられたのか、指使いは荒くなっていきました。
男の指使いを感じるたび、瞼の裏の暗闇で、閃光がチカチカと点滅します。こんなのは、イヤだと――目尻から涙が溢れるのを感じても、それでも耐えるしかないはずでした。
だけど男の手が、リリエラの――〝あの人〟が大好きだと言ってくれた、長い金色の髪を弄んだ、その瞬間。
リリエラは暗闇の中で、たった一つの輝きを、思い浮かべてしまいます。
――それはリリエラが大好きだった、亡き夫の笑顔でした――
その瞬間、リリエラは男を勢いよく突き飛ばし、ベッドにかけられていたシーツを剥ぎ取って、部屋を飛び出してしまったのです。
背中に男の罵声が飛んでくるのを聞きながらも、リリエラの足は止まりません。
――してはいけないことを、してしまった――
それを鮮明に感じながら、リリエラはそれでも逃げ出しました。今までずっと耐え続けてきた彼女が、それしか知らなかった不器用な女が、初めて逃げ出すことを選択したのです。
――そうして辿り着ける場所が、一体どこにあったというのでしょうか。
荒れ果てた裏通りのようなこの歓楽街で、逃げるリリエラに向けられるのは、好奇の眼差しだけでした。時折、彼女に下卑た声を浴びせる者もいれば、暗い裏路地へ引きずり込もうとする手もありました。
リリエラは、必死で逃げ続けました。逃げ続けて、ただひたすらに逃げ続けて――どれほど経ってからか、リリエラは不器用な頭で、ようやく一つの答えに辿り着いたのです。
逃げる場所など、どこにも無いのだ、と。
その想いが去来した瞬間、リリエラの心は、絶望によって満たされました。生きる術を持たず、逃げ出してきたその足には、向かうべき場所など最初から存在しなかったのです。
彼女の〝幸せ〟は、一体どこへ消えてしまったのでしょうか。彼女は何か、間違いを犯したのでしょうか。悪かったのは、彼女なのでしょうか。
その場に膝をつき、泣き崩れる彼女へと、差し伸べられる手などありません。あるとすれば、全てが堕落したようなその場所では、悪意に満ちた魔手だけだったでしょう。
ああ、自分にはもう〝幸せ〟など訪れないのだと――リリエラが不器用な頭で、そう理解した瞬間――
――突然、リリエラの目の前に、大きな扉が現れたのです――




