2-03
ナナシが指定した部屋に、彩音は結局、美女に担がれたまま到着することとなった。大広間ほどではないにせよ、非常に広いその部屋は、大きな客間のようである。長方形のテーブルは、貴族が使用するような食卓だろうか。
「……あ、あの、もういいですから、早く降ろしてくださいっ!」
部屋の中に入っても担がれたままだったもので、彩音は恥ずかしさからか、つい語気を荒げてしまう。しかし美女は特に気にする様子もなく、彩音を丁寧に降ろした。
「足元にお気をつけください、お嬢様」
「あ、ありがとうございます……って、あの、私はお嬢様なんかじゃないんですけど」
「かしこまりました。では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
淡々と抑揚の欠片もなく尋ねられ、彩音は思わず戸惑ってしまうが、背筋を伸ばして自己紹介することにした。
「私、皆月彩音、っていいます。彩音って呼んでもらって構いません」
「かしこまりました、彩音様」
そう言って一礼すると、彼女はそれっきり黙りこんでしまった。立ち尽くしている彼女が何の動きも見せないことに再び戸惑いながらも、彩音は質問を投げかける。
「あ、あの……あなたのお名前は?」
「リリエラと申します」
躊躇なく即座に返事をする彼女――リリエラに対して、彩音は若干の話し辛さを覚えながらも、とりあえず話を続けることにした。
「あの、リリエラさんもここの……万魔殿の住人なんですよね?」
「はい、その通りです」
「……え、えっと、リリエラさんは、あんな所で何をしてたんですか?」
「掃除をしておりました」
「えっ? じゃあ、万魔殿の掃除はリリエラさんがやってるんですか? あ、それとも、他にも万魔殿を掃除している人とか……その、使用人の方とか、いるんですか?」
「いいえ、万魔殿の掃除は、私一人で行っております」
「そ、そうなんですか……こんな広い所を一人でって、大変じゃないですか?」
「いえ、特に大変だとは思いません」
「あ、そ、そうですか……えっと」
返事は即座で会話の弾む様子はなく、リリエラから彩音に対するアクションも全くないものだから、明らかに間が持たない。
「……あ、そうだっ」
彩音が名案を思いついたように、ぽん、と手を叩き、リリエラに問いかける。
「あの、リリエラさん。私に、何か質問とかありませんか?」
「いいえ、特にありません、彩音様」
「…………」
――会話は終了した。
それっきり互いに黙り込む形となり、気まずい雰囲気に陥ってしまう。
とはいえリリエラは何を考えているのか解らないし、彩音だけが一方的に気まずい思いをしているだけだ。美しくはあるが仮面のように張り付けられた彼女の無表情は、まるで人形のようである。
「……はぁ……」
ふと、彩音はナナシのことを思い出す。今ごろ大男を引き付けて追い回されている彼は、果たして無事なのだろうか。まさか、捕まったりしていないだろうか。
非常に対話のしやすいナナシの笑顔を思い出し、彩音が再度ため息を吐こうとした――のと、ほぼ同時に変化が訪れる。
「ふわぁーっ、あっぶなかったぁー! おねえちゃん、ちゃんと来てるぅー?」
気まずい雰囲気を切り裂くナナシの明るい声が、室内で軽快に響いた。さきほど思い出していたのと同じ笑顔がそこにあるのを見て、彩音は何だかたまらない気持ちになる。
「ナ、ナナシくん……」
「あ、おねえちゃん。よかったー、ちゃんと部屋、わかったみたいで」
「ナナシくーん!」
「うわわっ? おねえちゃん、どしたの?」
彩音にいきなり飛びつかれたナナシは、当然だが驚いているようだった。しかしリリエラと無言で向かい合っていて心細かった彩音にしてみれば、それどころではない。
「もぉ~! あんな命知らずなことしないでよーっ! 心配するでしょっ! 心細かったんだからねっ! 色んな意味でーっ!」
「あはは、ごめんごめん。まあ、あれくらいは慣れてるから大丈夫なんだけどね。でも心配してくれてありがとーっ!」
「いいわよ別にーっ! でも、もうあんなこと、絶対にやらないでよねっ!」
「あはは、なんかおねーちゃんテンション高いね! わーい!」
手を取り合って再会を喜んでいる二人は、この薄暗い万魔殿においては異質な――というより、妙な存在である。そんな二人を、リリエラは何も言わず無表情で眺めていた。




