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第25話 魔術講義(エルネスト)

――魔術は才能じゃない。出ない時には理由がある。

理由が分かれば、次は前線で迷わず踏み出せる。――



――王国式基礎魔術・発動理論


魔術棟の訓練室は広くない。

だが天井が高く、声が散らない。

白墨の擦れる音だけが、やけに目立つ。


剣術の訓練場より静かだった。

ここでは立ち位置も足並みも揃えない。

揃えるのは、手順だ。


教官は黒板に、三つだけ書いた。


オド(体の中)=呼び水

マナ(外)=燃料

現象=結果


「まず、これを間違えるな。

 オドは魔術じゃない。マナも魔術じゃない」


白墨が、オドの文字を軽く叩く。


「オドは体の内側にある。

 マナを呼ぶために使う。呼び水だ」


次に、マナへ移る。


「マナは外にある。

 魔術の燃料だ。自分では作れない」


黒板の矢印を、白墨がなぞる。


「オドでマナを掴む。

 掴めた分だけ、現象になる」


一拍。


「だから――片方だけでは、何も起きない」


教官は白墨を置かずに続けた。


「君たちは前線帰りだ。

 使ってきた術は間違っていない」


煙幕。

一撃防護。

短時間の身体強化。


「短い。単純。

 失敗しても致命傷になりにくい」


「だから運用できた。

 それは正しい」


黒板の端に、教官は短く書き足す。


<不発の原因(基礎)>

・オド不足(疲労/恐怖/負傷)

・体の乱れ(呼吸/姿勢/硬直)

・マナが薄い(地形/天候/足場)


「問題は、出ない時だ。

 不発は才能の有無じゃない。

 条件次第で、出るか出ないかが決まる」


エルネストの喉が乾く。

前髪が目に落ちて、瞬きが遅れる。

橋の上で、矢避けが出なかった瞬間が戻ってきた。

恐怖。疲労。浅い呼吸。薄いマナ。

立ち襟の縁が顎の下を擦って、古い傷がうっすら疼く。


――黒板の項目に、あの瞬間が一つずつ収まる。


教官は白墨を置いた。


「見せる」


木板が一枚、前に立てられる。

教官は掌を向け、短く息を吐いた。


一撃防護。

出力は弱。対象は木板。一度だけ。


薄い膜が立って、すぐ消える。

それで十分だと言わんばかりに、教官は手を下ろした。


「今のを、同じ条件でやれ。各自一回」


成功する者がいる。

膜が薄い者がいる。

不発の者もいる。


教官は責めない。

視線だけが動く。

手元と胸の上下、息の速さを拾っている。


「もう一度。条件を変える」


訓練用の符石が起動する。

空気が、少し軽くなる。


「マナが薄い。戦場でよくある」


同じ術を。


さっき成功した者が不発になる。

薄かった者は、ほとんど出ない。


その中で、薄い膜が立つ。

同じ厚みで、残る。


「イリス」


呼ばれて、癖のある茶髪の娘が一歩だけ前へ出た。

灯りを受けた瞳が一瞬、琥珀みたいに光る。

派手ではない。

強くもない。

だが、落ちない。


教官は黒板の「マナが薄い」を指でなぞる。


「薄くなるのは、全員同じだ。

 だが、不発に落ちる者と、落ちない者がいる」


教官は言い切ってから、少しだけ間を置く。


「落ちないのは、手順が崩れていないからだ」


別の者へ目を向ける。


「今、不発だった者。どれだ」


沈黙。


教官は、淡々と続けた。


「オド不足。

 体の乱れ。

 焦って呼びすぎた」


責める声ではない。

原因を札みたいに切って、机の上に並べるだけだ。


「原因が切れたなら、手順は立て直せる」


教官は黒板の一番上、最初の矢印を指した。


オド

マナ

現象


「ここからやり直せ。

 順を崩さなければ、次は落ちない」


解散。


席を立ちながら、エルネストは思う。


橋の上で、矢避けが出なかった。

あれは下手だったからじゃない。


理由は分けられる。

なら――次は外さない。


それだけで、魔術は少し信用できる気がした。

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