第23話 剣術講義(エルネスト)
――剣は前へ進む道具だ。
だが教わるのは、前へ出ないための半歩だった。――
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――王国式基礎剣術・基本の型
訓練場は、広くも狭くもなかった。
剣を振るには足り、逃げるには足りない。
教える側に都合のいい広さだ。
教官は剣を構えた。
高くも低くもない。
力も、気負いも見せない。
手首だけが柔らかく、刃先の線だけが真っすぐだった。
「今日は斬らない」
声は低い。
誰か一人に向けたものじゃなく、列の端まで届く高さだ。
教官は続ける。
「王国式基礎剣術の講義だ。
勝ち方は教えない。
斬られないための剣を教える」
教官は一歩、踏み込む。
上段から、抑えた打ち下ろし。
「ガルド」
呼ばれて、一人が前へ出た。
短い黒髪に無精ひげ。眉が濃く、頬に浅い傷が残っている。
ガルドは剣をぶつけない。
刃をわずかに傾け、半歩だけ外す。
音は鈍い。
当たったというより、通り過ぎた音だった。
返しは小さい。
剣先が、相手の喉元に残る。
教官は頷いた。
「今のが基本の型だ。正中線を守る。
受けは止めない。流す。足は半歩。出過ぎるな。
次、エルネスト」
呼ばれて、エルネストが前へ出た。
同じ打ち下ろし。
受けは成立する。
刃は外れ、身体も残る。
だが、返しが大きい。
一歩、踏み込んでしまう。
教官が手を挙げた。
「受けは悪くない。
だが、型から外れる」
責める口調ではない。
ズレを、指先で元の位置へ押し戻すような声だ。
「王国式基礎剣術では、返しで取りに行かない。
まず守れ。守りを、同じ型に揃える」
教官は剣先で地面に線を引いた。
「ここが正中線だ。
受けたら、この線に剣先を戻す。
それ以上、前へ出るな」
教官自身がやって見せる。
受ける。半歩。
剣先が線に残る。
それだけ。
「ガルド」
ガルドは動く。
同じ受け、同じ半歩。
剣先が線の上に止まる。
「次」
エルネスト。
受ける。半歩。
剣先は線に来る。
だが、止まらない。
「止めろ」
教官の声が落ちる。
「止めるのは腕じゃない。
足だ。
半歩の終わりで、重心を落とせ」
エルネストは頷く。
もう一度。
受ける。半歩。
足裏が地面を掴み、止まる。
剣先も、白い筋の上で止まる。
「よし」
次の者。
また次。
同じ打ち下ろしが続く。
音が変わっていく。
ぶつかる音が減り、流す音が増える。
足の擦れる音が、少しずつ揃っていく。
教官は最後に言った。
「今日はここまでだ。
基本の型を崩すな。
崩れなくなるまで反復しろ」
解散の声がかかる。
だが、誰もすぐには動かない。
たった一つの形を繰り返していたはずなのに、
最後の一手で、身体の止まる位置が先に決まってしまう。
剣先は、そのあとから付いてくる。
エルネストは剣先を見る。
線に“置く”んじゃない。
半歩の終わりで足が止まり、結果として刃が残る。
柄の革のざらつきと一緒に、その感触が手のひらに残った。




