第22話 前線接続訓練区画(エルネスト)
呼ばれたのは、昼だった。
号令でも、招集でもない。
名前を確認され、指をさされ、
「そっちだ」と言われただけだ。
帳簿を持つ兵は、エルネストの顔を見なかった。
名を呼ばないのは、覚えていないからじゃない。
必要以上に意味を与えないためだ。
歩きながら、周囲を見る。
同じように動かされている連中がいる。
鎧の形は揃っていない。
武具の癖も、歩き方も、ばらばらだ。
だが、共通点が一つある。
全員、前線にいた。
橋を渡った者。
森で足止めをした者。
盾列の前で立ち続けた者。
戦果の話は出ない。
何人倒したかも、どこを守ったかも聞かれない。
代わりに確認されたのは、
「いつ」「どこに」「どれくらい」いたかだけだった。
木杭に打たれた札が見える。
前線接続訓練区画。
札の裏に、北方軍の印があった。
自治軍は、その一角に通される。
区画に入ると、空気が変わる。
声は低く、笑い声は少ない。
掲示板が立っている。
紙が何枚も貼られ、上から下まで埋まっている。
区画番号。順番。
時刻は、その横にまとめて書かれていた。
剣が当たる音がする。
足が擦れる音がする。
短い号と、息を整える音。
エルネストの装備を確認した兵が、短く言った。
「前線帰りだな」
否定も肯定もしない声だった。
「はい」
兵は返事を待たず、掲示板の端から木札を一枚外す。
エルネストの胸当ての紐に、慣れた手つきで掛けた。
札には番号だけが焼き込まれている。
指が掲示板を指す。
同じ番号が、上から順に並んでいた。
「その番号の順だ」
それだけで、話は終わる。
守ったかどうかも、
逃げなかったかどうかも、
正しかったかどうかも。
ここでは、口にされない。
エルネストは、その場に残った。
番号札を下げたまま、順を待つ。
前線は、まだ続いている。
だがエルネストは今、そこにいない。
踏み固められた地面の上で、
次の呼び出しを待っている。
その距離が、
昨日より、はっきりと分かった。
⸻
訓練区画に入って三日目、
ようやく全員が集められた。
整列はさせない。
立つ位置も、距離も、まちまちだ。
揃えないことが、ここでの揃え方らしい。
前に立ったのは、三人。
中央の若い士官は、黒に近い髪を短く整えている。前髪が少し跳ねていた。
目尻は鋭いのに、睨む顔じゃない。口元だけ固い。
誰も名を出さない。
階級も言わない。
だが、分かる。
外套の留め金に、北方軍の印がある。
装備の点検の仕方も、声の切り方も、自治軍のそれとは違う。
この三人は訓練係じゃない。前線へ戻すかどうかを扱う側だ。
最初に口を開いた者が言った。
「ここでやるのは三つだ」
指を一本立てる。
「剣」
二本。
「魔術」
最後に、何も持たない手を軽く上げる。
「戦術」
それで十分だと言わんばかりに、話は先へ進む。
「順番は決めない。得意も考慮しない」
誰かが口を開きかけたが、
その前に続けられた。
「三つとも受けてもらう」
一拍だけ間が落ちた。
「一つだけ見て、前線に戻すことはしない」
言い方は淡々としていた。
脅しでも、親切でもない。
ただの手順の確認だ。
「評価はしない。記録は取る」
どこを見るのかは言わなかった。
「前線に戻すための工程だ。戻さない判断も、ここで出る」
それで終わりだった。
散れ、という合図もない。
三人は、それぞれ別の方向へ歩き出した。
どれから始めてもいい。
ただし、三つとも通る。
選べるのは順番だけだ。
選べるのに、軽くない。
エルネストは、剣の列に入った。
同時に、何人かが動いた。
声はない。
だが、迷い方が同じだ。
一歩出て、止まる。
足元を確かめる。
間合いを、無意識に取る。
前線帰りだと分かる。
誰も名を名乗らない。
聞こうともしない。
ここでは、必要ない。
同じ列に並んだ。
それだけだ。
だが、その「それだけ」が、
後になって意味を持つことを、
この時はまだ知らなかった。




