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第21話 プロローグ:呼ばれない朝

夜が明けた。


焚き火はまだ小さく、炭の匂いが残っている。

湿った布と油の匂いが混じり、息をすると喉の奥がざらついた。

冷えた空気が鎧の隙間から入り、肩の古傷が鈍く疼く。


それでも――静かだった。


勝った陣の静けさじゃない。

準備の静けさでもない。

ただ、何も起きない静けさだ。


誰にも呼ばれなかった。


前線にいた頃は、呼ばれる前に身体が動いた。

合図がなくても足が前へ出た。

止まれば列が詰まり、詰まれば矢が刺さる。

戦場では、止まること自体が死だった。


煙幕の詠唱が途切れそうなら声をかけ、

矢避けが間に合わなければ腕を伸ばし、

衝撃術で盾を揺らして、ほんの一瞬でも道を作る。


そうやってエルネストは、判断の隙間を埋めてきた。


一瞬が繋がれば、戦線は持つ。

戦線が持てば、今日を越えられる。

今日を越えれば、明日に繋がる。


――今は違う。


剣は腰にある。

鎧もある。

指は動く。

呼吸も整えられる。


整えられるのに、使う場所がない。


正規軍の追撃は止んだ。

だが、戦いが終わったわけじゃない。


エルネストたちは自治軍になった。

今度は抑える側だ。

略奪。私闘。取り返しのつかない報復。

誰かが抑えなければ、村が先に折れる。


怒号は上がる。

殴り合いも起きる。

物資は足りない。


誰かが判断し、誰かが前に出る。

それが分かっているのに、

エルネストはその輪に立てない。


守るために下げられた。

そう言われれば正しい。

前に立ち続ければ、いつか確実に折れる。

折れれば、エルネストだけじゃ済まない。


正しい判断だ。

間違ってはいない。


剣を置いたわけじゃない。

逃げたわけでもない。

エルネストはまだ、ここにいる。


ただ、必要とされる位置から一歩だけ外された。

その一歩が、思ったより遠い。


役目だけが抜け落ちたまま、朝が来る。

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