アリスたちの課題 其の二
9月です。
久しぶりの更新です。
サボってたんじゃないです。ちゃんと書いたました、ええ、この作品読み返しながら誤字や脱字を拾いながら、大幅な修正になってしまいました・・・。
前衛トーナメントまで、後2日。
安綱が女子寮に今日も帰ってきていない。
どうやら外泊届を出して、トーナメントに向けての強化合宿に出かけているみたい。
私に一言も無しで外泊なんて、正直水臭いって思ったけど、今の私に彼女が抱えている問題を解決してあげる術が無いってのも事実で、安綱が何かきっかけみたいな物を掴んでいることを祈るばかりだ。
いろいろ私なりに調べた所、安綱はあの因縁の韓国のキム・ヨンウと九識のトレーニングセンターに泊まり込んで猛特訓をしてるってらしい…。
それ以上の所はラボの諜報部でもまだ掴めていないのよね。
安綱ったら私という親友がいるのに、冷たすぎるわ。
「一言あってもいいでしょ〜」
それにしても、あの二人いつの間にそんな仲良くなったのかしらね?
少し嫉妬しちゃうわよ。
ライカンの彼女はどっちかって言うと天満君と訓練する方が効率的だと思うけど…。
天満軍団だったっけ?
アレはどうなってるのよ!しっかり面倒見なさいよね。
トーナメント前という事で、出場する生徒たちの姿は安綱だけでなく、殆ど寮内では見ない。
授業も自主練優先で、殆どの生徒は当然、登校していないようだ。
まるで少年漫画の様にみんな秘密特訓しているみたいね。
あぁぁぁぁぁ、つまらないわ!
誰もいない学生寮の食堂の隅で、干からびていくナポリタンをフォークで弄んでいたら、食堂にひとりの寮生が入って来た。
「えっと…キツネ蕎麦…ひとつ、あぁ、ネギ抜きで!」
入ってきたのは八席の波際奈美だった。
食堂を見渡し、ひとり座っている私を見つけて軽く会釈した。
「アリスさん、ここいいかな?」
「……っあ、ど、どうぞ」
食堂に二人しかいないのに相席してくるって、私に用があるのかしら?それともひとりで食事ができないタイプの娘?
「私、ひとりで食事って苦手で…」
ふふん、後者のタイプね。
「それに、アリスさんに相談があって…」
あらあら、両方だった!
「相談って?…私にどんな相談なの?」
波際奈美は七味を蕎麦にダバダバと豪快にかける。
「例の課題について…なんだけど、どう攻略するつもりなのかなぁって、ほら、アリスさんは火で私は水でしょ?だから…是非、参考にさせてもらいたくて!」
もちろんギフトの規模は全然違うけど…と呟いて俯いてしまった。
「それね…、実は、私も悩んでるのよ」
私は時間が経って食品サンプルの様に固まったナポリタンを、彼女の前でフォークに刺したまま持ち上げて見せる。
それを見て、奈美は驚いて目を丸くした後、堪らなくなって笑い出した。
「あはっ、アリスさんでも悩んだりするのね?私、ちょっとだけ安心しちゃった」
「私だって、一応普通の人間よ。16歳になったばかりのね」
私は立ち上がり、固まったナポリタンを持って返却台へ持っていく。
調理場のおじさんに「ごめんなさい」と両手を合わせて、コーヒーを注文して席に戻った。
「それにしてもシャオロンのヤツ、底意地が悪過ぎるわ」
忌々しいあの飄々とした中年男の顔を思い出すと、腹立たしくなる。
「課題に合格しないとトーナメントの観戦を認めない…って話ですか?」
「そうよ!まぁ私の授業態度が招いた事態だとは理解してるわ!でもあまりにも意地悪よ」
「あはは、アリスさん講師にケンカ売ってましたものね?」
「別に売ってないわ!私はトーナメントに出たいって言っただけよ!」
同じステアーズとして、せめて参加権は欲しかった。
「で、代わりに課題を出されれて、まんまと勢いで乗っちゃった…と」
うまいこと話をそらされた上に、中年オヤジの術中にはめられたのだ。
「そうよ!みんなには悪いと思ってるわ、本来ならもっと後に受けるはずの課題だったのに」
自分のせいで、みんなを巻き込むのは申し訳ないと思う。
「だけど…」
と、続けようとした所で、奈美はちょっと待ってと手で私を制した。
「コレ、先に食べちゃいますね!」
そう言うと、色白で小柄な三つ編みメガネの少女は立ち食いのプロの様に、豪快に麺を啜り上げ、目の前でごくごくと喉を鳴らし、つゆまで飲み干してしまった。
「ぷはぁー、ご馳走様でした!」
「あっ、ごめんなさい!音を立てて啜るのってアメリカじゃマナー違反ですよね?」
申し訳なさそうに両手を合わせる。
「ここは日本よ!全然気にしないで!むしろ貴女って人に凄く興味が湧いたわ」
この少女がシャオロンが出した課題をどうクリアするか俄然興味が湧いてきた。
「えっ?えぇ、私何かおかしな事した?」
見た目のギャップに驚かされた。人は見かけによらないって言うけど、エボで話した時はもっと消極的な印象だったけど、どうやら違う気がしてきた。
少し期待できそうな感じ。
「ふふふ、OK、じゃ課題の内容から、おさらいしましょう」
あの授業の後、私たち後衛のクラスにシャオロン講師が出した課題というのが、エボのフロア3、例の1kmのスナイパー通路の単独走破だった。
「今日から、トーナメントが始まる正午までに、単独で被弾しないで1km走破した者を合格とする!」
講師に案内されたのは進化学園の地下に設けられた
フロア3のあの1キロ通路が完全に再現された特別訓練施設だった。
幅約6メートル、普通車が二台並んで走れる程の広さの幅で、天井の高さは4メートル半の一直線の通路。
その長さは約1000メートル。
その先の壁に大型スナイパーライフルを装備したガード・ボットが待ち構えている。
「学園の地下にこんな施設があるなんてね…驚いたわ」
「ん?あぁ、個人Aランク所得に必須な課題って言ったろ?」
個人ランクでAクラスになるには、単身でフロア10に到達しなければならない。
後衛系のギフトで踏破を目指すなら、一番楽なルートのスナイパールートを通るってのが常套手段なのだそうだ。
「一応、模擬弾だから直撃しても死にはしないが、当たりどころが悪いと大怪我するから、しっかり対策練ってから挑戦するように!試験はトーナメント当日の朝からやるからな!以上!」
「ってのが、課題の内容だったのだけど……アナタたちなんなの?」
気がつけば、課題に参加する同じクラスの他の生徒たちが、アリスたちを囲んで話を聞きに入っていた。
「いやぁ、課題についての作戦会議なら俺たちも参加したいなぁーって思ってさ、みんなもそうだろ?」
各々、手にはノートパソコンや筆記用具やら過去のエボについての資料などを持った生徒たちが、ゾロゾロと食堂にやってきていた。
「ふふん、いいわね、では、まず、みんなの意見を聞かせてくださるかしら?」
そんなわけで、急遽、後衛クラスの意見交換会が始まった。
「装備は自由って講師は言ってたから、巨大な盾を掲げて進むってのも一番有力な手だよな!」
「ナインのシールダーと同じ方法ね!」
「しかし、女子にあんな大きな盾を持って行軍するのは現実的じゃないわ」
「相手より、高性能のスナイパーライフルで先に攻撃するのはどうかしら?」
「スコープ覗きながら匍匐前進でもするのか?1キロは無理だって!」
「過去のAランク試験の資料を見るとやっぱり盾を使用して進むってのが一番多いわね?」
みんな私たちと同じ様に悩んでたわけね。
それだけみんな真剣にエボと向き合ってる。
「大体、みんなの意見は正解だと私も思う…でも、それだけじゃ足りないのよ、この課題はそんな簡単なものじゃない」
私は皆を見渡す。
「私たちは1000メートルを数秒で走破できる脚力も、飛来する弾道を読んで避けたりも出来ない…弾丸を受けて無事に済ませる防御力も回復力も無い…じゃあ、どうするか?ってのが、今回の課題よね?」
私は改めてみんなに問う。
「現状、盾を持って進むってのが現実的じゃないかってのがみんなが出した答えよね?」
「大金積めば、女子でも持てる盾だってあるだろう?軽くて丈夫なヤツ」
「そうだな!コレ!結論出たんじゃね?」
「半分は正解。今回の1kmって課題だけならね?大事なのはそのあとフロア10まで私たちのギフトでどうやって登るのかを示すのが、本当の意味だと思うの?」
「総合的な登塔スタイルの確立ってところか?」
リ・ミンソンが言うと、隣でパク・シフが頷く。
「まぁまぁ、とりあえず今回は1kmだけ…なんだからさ、盾担いでみんなで合格しようぜ」
結局、盾を構えて距離を縮めるって考えに賛同した連中は、他に正解は無いって顔だ。
時刻は0時を回ろうとしている。
「そうね、今夜はコレでお開きにして、明日は各々で盾の購入する方向にしましょう」
こうして、私と波際奈美、そして意外にも韓国の二人、リ・ミンソンとパク・シフの四人以外は各自部屋へと戻って言った。
「なんか、奈美は不服そうね?」
波際奈美は頬を膨らませ頬杖ついたままだ。
「アリスさんは同じ方法で課題に挑みますか?」
「盾を?……まさか、そんな物には頼らないわよ」
「それなんですよ!盾を掲げて進むにしても、その後どうやってガーディアンと戦うんですか?私はその答えをどうしても出したいです!」
「そういうの好きよ、個人でAランク狙うとなると、フロア10まで敵はスナイパー1台じゃ無いのわけよね。上層階へ上がれば、スパイダーもマネキンも出てくるもの」
だから、盾を持つってだけじゃ課題は合格でも、それは正解ではない。大事なのは装備全体とギフトをどう運用するか?…に掛かってくると私は考えてる。
あの意地悪な中年オヤジの考えそうなことだ。
「そうなんですよ、だからちゃんと自分のギフトと向き合って、何とか対策考えられたらって思うんです」
あらあら、フロア10の茶屋の時とは随分印象が変わったわね彼女…以前はもっと後ろ向きと言うか安全、平和主義みたいなものを感じたけど。
ふふふ、どうしちゃったのかしら?
「俺も同意見だ!まぁ俺のギフトは今回の課題は楽勝なんだが、その後が問題でね、盾は自前で出来るが攻撃がな…」
韓国組の金髪のイケメンのリ・ミンソンだ。
「アナタは…そうね。ギフトでどんな時でも立派な盾が出せるから」
暴走したワータイガーを、天満と協力して救った経緯を思い出す。
あの花弁の盾なら、きっとライフルの銃弾なんか余裕を持って防げる筈だ。
「でも、それだけだ…俺は防御力に極振り状態だからさ、攻撃手段を考えなくちゃならねぇ」
「俺も似たようなものさ、念動力で盾を操りながら進む作戦で臨むつもりだが、発動し続けるにも、ギフトの持続時間が問題でさ」
赤髪のパク・シフも食堂のテーブルに腰を掛けたまま足をブラブラと揺らす。
「数日でギフトのパワーアップってのも無理があるよな」
「私の家は片親だから、お金無いし…盾とか買えないわよー」
落胆の3人の顔をじっくりと観察。
この3人は少なくとも、私と同じでちゃんと先を見越してギフトに向き合ってるわね。
「そんなに落胆しないで、私がとっておきを教えてあげるわ」
「なんだよ?とっておきって?」
「うん、教えて!」
「ええ……、それはね」
私はアメリカのラボから得た、フロア3のスナイパーのボットの性能についての機密情報を3人に、知る限りの全てを話した。
スコープの性能、センサー、射程距離に連射速度等々。後はランカーステアーズたちは、どうやってクリアしているか?等々、ミーティングは深夜まで続いたのだった。
翌日——。
この四人でエボの装備横丁と呼ばれる装備品専門店が並ぶ通りに、買い物に出かけた。
最初に入った防具店では、私たちが店に入るなり店主が学生用エントリーモデルのシールドは売り切れだよと教えてくれた。
どうやら、開店直後に突然やってきた学生たちが買い占めてしまったらしい。
「大丈夫よ、私はレディースの耐熱パネル装甲服と耐熱シューズを見繕って下さいな」
「ほう?耐火熱の装甲服かい?なるほど面白いチョイスだねお嬢ちゃん」
初老の店主は嬉しそうに奥からケースに入った装甲服を持ってくる。
「アンタ、アレだろ?進化のNo.2のアメリカの爆発ねーちゃんだろ、試着してみな?サイズは問題ないと思うぜ」
「ありがとう、じゃあ私は試着してくるわ」
ケースを受け取り、レジ横の試着室に入る。
「そっちのちっちゃいメガネっ子はどうすんだ?」
「私もレディース用のバトル・ガントレットを左右セットで!」
「嬢ちゃん、格闘用で良いのかい?」
「はい!」
そして、店主が店の奥から持ってきたのは、華奢な体の奈美には似つかわしく無い、金属製の無骨な装甲グローブだった。
「俺たちは、隣の武器屋で武器を買ってくるよ」
韓国勢は隣接している武器専門店へ向い、四人で昼食を食べた後、アメリカの特別訓練所で四人で装備をつけた状態で訓練。
そして———。
トーナメント当日。
エボ・シティ全体がトーナメント中継準備も終わり、人々が大会開始を待ち望んでいる中、私たち後衛の生徒は、各々の装備を身につけて特別訓練施設の長い通路の前に整列していた。
「やぁ…みんなおはよう。皆もトーナメントを観戦したいだろうから、ちゃっちゃっと試験始めようか?」
この作品を見つけてくれてありがとうございます。
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