女子の服を褒めた経験はないんだ。
土曜日の最寄駅。
この三連休をぼーっと家で過ごすのはあまりにも味気なく、勿体ないということで俺たちは外出することになった。
春と言われれば春で、夏と言われれば夏。どちらとでも解釈できる曖昧な気温だったのもあって若干の蒸し暑さに嫌気がさしたが、たまにはこういうのも悪くないだろう。
家で本ばかり読んでいては体も鈍ってよくない気がしていたし、インドア派の人間も人混みに紛れたりしてみるのもガス抜きのひとつになったりするものだ。
(……にしてもアイツ……やけに遅いな)
俺はスマートフォンを開く。
メッセージ画面をタップする。
『(成瀬)おい、今どこらへんにいるんだ?』
『(蘭)ごめん、もうすぐ着きます!』
『(成瀬)わかった、北口駅前のエスカレーター付近にいとく』
『(蘭)お願いします!』
可愛い熊のキャラクターがキラキラと目を輝かせながら、申し訳なさそうに両手を合わせて謝るスタンプが送られてくる。
しかし、女子は支度に時間がかかるんだな……。タンスの中にある服を適当に見繕ってきた俺は不思議と申し訳なく感じた。
ま、かっこいい服なんてないんだけど!
スマートフォンを手に寝ぼけ眼を擦った。
「マジでねみぃな……」
朝10時ということもあり、少し眠い。
ここで横になっても快眠できそうなほどだ。
昨日は、三連休の課題をこなしたり小説を読んでいたらで結局寝るのが深夜を回ってしまった。やはり一人暮らしとなると洗濯、料理などこれまで親がやっていてくれていたものを自分で全部しなければいけないので、どうしても隙間時間を見繕うのが難しくなってくる。
それなのに学校はとんでもない量の課題を押し付けてくるのは本当に勘弁してほしい。いっそのこと焚き火に薪と一緒にぶち込んで燃やしてやりたいくらいだが、仕方ない。ここは甘んじて受け入れてやろう(もう留年したくないから)
「お待たせしました……」
ここで本を開くのもなんなので、ネットサーフィンをして時間を潰しようかと思っていたところで聞きなれた声が耳朶を打った。
「そんなに待ってないから大丈夫だ」
俺は淡白に返事をする。
「そうですか?」
「ほんと、今来たところだよ」
「よかったです」
急いでやってきたようで息を切らしている。そんなになるまでわざわざ走ってくるところにやけに殊勝さが垣間見える。
「あっ、そうだ、成瀬くん。どうですか、今日の私の服装!」
「着いてそうそう、いきなりなんだよ……」
「それは女の子として当然のことですよ。アンケート調査的なものです!」
「へぇ……」
隣にいる蘭は何かに期待しているのかその場でふわりと一周まわって見せた。
ふくそう、フクソウ、服装か……。
えーっと、うん?
「んー、そうだな」
と、俺は喉を鳴らしながら上から通観する。
そうして全身に目を走らせた。
Tシャツに青を基調としたデニム生地のワイドパンツ、スニーカーを合わせたタックインのカジュアルコーデ。
「いいんじゃないか?」
「例えばどんなところですか?」
感想は率直にいいと思う、いいと思うのだが例えばと訊かれたら困る。
なにしろ女子を褒めた経験がないに等しい俺にとって気の利いた言葉を言うのはリーマン予想とか哲学、正解のない問題を求めるみたいに難しいことなのである。
……難解に言ってはいるが、簡単に言えばただの非モテの弊害に過ぎないのだけど。
とはいえ、こんなしょうもない御託を並べている場面ではない。ここは男として何かしら褒めておくべきだとネットで見た気がする。
「んー、昔よりも良くなってると思う……」
「なんですか、それ? そりゃそうでしょ!!」
「……なんか、すまん……」
0点らしい。
意味のわからない返事をしてしまった……やっぱり褒めるのは向いてない。
ここで昔の話を出すのはお門違いだっただろうか。3年近く、なんならそれ以上月日が経っているのだから変わらないはずがない。今の時代男女問わず、小学生ですらファッションに気を遣い始めているわけだし高校生にもなれば当然のことなのかもしれない。
いい加減コミュ力上げろ、俺。
仮にも幼馴染相手なんだぞ、臆するな!!
……らしくないぞ!
「いいと思う、うん……」
「どういうところがですかいいんですか? もうちょっと具体的に教えてくださいよ〜!」
「あー、わかったよ!!」
ちょっと恥ずかしいな、これ。
もう一度、全身に目を走らせて、
「……今どきの服装でちょっと大人っぽさもあって」
「うん……それでそれで?」
「それでいて、幼い感じも似合ってて──」
「それでそれで!」
ひとつ間を置いて、
「…………」
「なんというか──かわいい、と、思う? っていうかもういいだろ!」
……はぁああ〜〜〜っ!
何言ってんだ俺。くっっそ、恥ずかしい……面と向かって言うのはあまりにも恥ずかしすぎる。
なんだか額に汗が滲んできた。
ああ、俺は今どんな顔をしているんだ。万が一目の前に鏡とかショーウィンドウに反射する自分の赤面姿を見ていたら卒倒するかもしれない。もしくは、鏡を張り倒してしまっていただろう。危ない、危ない。
「むふふふふ……よくできました。ついでに成瀬くんもカッコイイですよ!」
「妙な笑い方するなよ。言っとくと可愛いのは服装だからな」
そう言うと、蘭はぷくっと頬を膨らませながら、
「そういうのは本当でも言わないでおくべきなんですよ! そんなんだったらいつまで経っても彼女できませんよ!」
「勘違いしないでくれ。できないんじゃなくてつくらないんだよ」
「……つくれないの間違いでは?」
「うるさい!!」
心外だった俺は声を荒らげた。
能動と受動では意味合いが違うのだ……つくれないのは事実だけどさ!
それにしても、もう少し"元"先輩の顔を立ててくれてもいいんじゃないのか、同級生よ。




