共通点
体育の授業後。
(……うへぇ、なんだこれ……)
教室に入ると、女子が使っていたであろう汗の臭いを隠すためのシーブリーズやボディーシートの混ざった匂いが鼻を劈く。
……思わず目が眩みそうになる。
隣にいた同級生のデリカシーのない男子が小声で「くせぇ……!」とボヤくのだが、お前らもし聞こえてたら羽交い締めにされて殺されるんじゃないか?
あ、それはコイツらからしたら本望か。
なら別にいいや。
──混ぜるな危険、なんでもいい匂いのものを何種類も突っ込んだらプラスに働くわけでもないらしい。闇鍋と一緒の原理で単体で美味しいケーキやパンなど魚介類をぶっこむと化け物が出来上がるのは言わずもがなである。
換気はしてあるからいつかは消えるだろうけど、次の授業くらいまでしばらくは残ったままになるかもな。
匂いは少々気になるが、それを表に出さないように俺は自席へ滑り込み、腰をかけた。
隣人はプラプラと右手を振って労いの言葉をかける。
「おつかれさま」
「ああ、おつかれ」
片付けていない教科書の上に顔を伏す。
うつ伏せのまま単調に返した。
しばらくして、疲労感と教室の絶妙な心地よい室温に微睡みかけ始めると、
「ねぇねぇ、成瀬くん、成瀬くん。疲れているところ悪いんだけどさ……ちょっと聞きたいことあるんだけど良い?」
「んー、……嫌だ」
眠気混じりの声色。
「え、ひどっ……! なんで!?」
「……なんでも」
隣の席の"元"後輩は加減のない一蹴に「まだ何にも言ってない」とでも言いたげに目を大きく見開いたかと思うと、すぐにジトッと目を細める様子が腕の隙間から窺えた。
おそらく、またろくでもないことを言い出そうとしているに違いない……やれ、家に泊めてくださいだの、やれ、一緒に部活に入りましょうだの、これは割と忠実な統計に基づいている。(過去の俺調べ)
「……で、なんの話だ?」
疲弊した上体をガバッと起こし、蘭の方にぐるりと顔を回した。運動時のポニーテルは下ろされていて、いつもの長い髪へと逆戻り。
下敷きでパタパタと扇ぎ、汗染んだ全身の熱を逃がしている彼女は艶やかで。第一ボタンを開ける、着崩した制服から偶然にも鎖骨がちらっと見えて心拍数が早くなった。
「聞いてくれるんですか?」
「……まあな?」
「ふふーん、ツンデレですか」
「ちげぇよ!」
嫌だと言っても、前みたくやっぱり聞いてしまうのが俺なわけで……イエスマン予備軍になりかけつつある自分にそろそろ歯止めをかけなければならない、厄介事をおしつけられる!
そうしている内に、蘭はンンっと軽く咳払いをしてから言った。
「体力測定一緒にやってた子、いるじゃないですか?」
「ああ、石川だろ?」
「はい、仲良かったんですか? 全然知らなかったんですけど……性格的にもそれほど気が合うってわけでもなさそうだったので」
「初めて話したよ……ほんと、ラッキーだったわ……ぼっちの俺にも声をかけてくれるイケメンでさ、危うく一人で体力測定するところだった」
蘭は反応しにくそうに言い淀んだ。
自分のぼっち発言には触れることがなく……うん、触れてくれ! 可哀想な奴みたいだろ。
「……えー!? てっきり、知り合いかと思ってました。あの子、中学生のときに塾が同じだったんですよ」
「は? ……マジで?」
唐突のカミングアウトに眉が上がる。
──つまり、地元が同じだということだ。
わざわざ、この辺境の地に通う物好きも多いんだな……確かに、地元の高校はこれと言った進学校もなかったので全国で見ても進学実績トップクラスの場所に通おうと考えるのは至極当然だ。加えて希陵高校の入試成績は首席だったと聞いていたのでさすがの一言に尽きた。
「……本当ですよ! 私はクラスが違ったので関わりは薄かったですけど。中学校は私たちと違うところみたいで」
「ほぉ……」
「地元が同じなのもあるし、意気投合できるんじゃ?」
「うーん、そうかもしれないけど……ちょっと引っ掛かるというか、所々なんか妙な感じだったんだよな……」
「…………妙?」
訝る俺に不思議そうに訊き返す。
「────んー、気の所為かもしれない」
「え……なんでですか! 言ってくださいよ」
「ごめんごめん……たぶん、繊細になってただけだからなんもないと思う……」
「むむぅ……」
直前で言い止めたことが不服だったのかふくれっ面を露わにする。
体育館での石川が浮かべた表情からは都合の良い話でないことは読み取れた。
人の嫌がる話をわざわざ言いふらすほどタチの悪い所業はないだろう……無論、話のネタにするような悪どい趣味もない。
誰にでも口外して欲しくないことのひとつやふたつある、なんでそれを俺に対して話したのかが未だに腑に落ちないのだが、事の成り行きとでも解釈しておくとしよう。
蘭はそういえば、と話題を変えた。
「そろそろ定期考査近づいてきましたけど……ちゃんと勉強してますか?」
「そっか、忘れてた。定期テストだ……」
黒板の端に定期テストまで残り二週間と記載されている文字を見て如実に気分が下がった。




