ライバル
グラウンドでの外競技をおおかた終えた俺たちは体育館へとやって来ていた。
「去年から思ってたけど、第一体育館の方が遠いってなんだよ……」
渡り廊下に屋根もついてないし、雨降ったら通るとき大変なんだよな……。
"第一"とつくくらいだから、校舎寄りなのかと思えばまったくもってそんなことはい。反して、隣接したグラウンドの奥の森近くに建付けられている。
この学校は部活にも力を入れているためか、体育館が二つあって、ありがちな文武両道を掲げているとはいえ、蓮の情報によると結果としてはそこまで芳しくはないらしい。スポーツ推薦もとっていないし、普通の受験から集めるとなるとやはり難しいところがあるのだろう。
「ほら、もうすぐ授業終わるから早く済ませろよー、《《こんなこと》》で放課後残ったりしてると進学実績に影響するから勉強しないとな……ハハハッ!」
────ほら、こんな風に。
……こ、こんなこと? 大声で言っていいのか、それは。教師あるまじき行為なのでは?
建前であっても運動に力を入れているとはこの様子では到底言い難いんじゃないか……。
希陵高校の体育教師のほとんどはここの出身で、他の学校と比較してもそれほど大会での輝かしい経歴も、特徴的なむさ苦しい《《アレ》》もない。どちらかと言うと頭脳派よりな感じは否めない。
……まぁ、どうでもいいけど。
まだ、1年生(実質2年生)なんだから俺は帰ってゆっくりさせてもらいたいのだが!
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・体力測定記録表
名前 成瀬礼斗
身長 177.5cm
体重 60.7kg
1回目 2回目
50m走 6.8秒 6.9秒
握力(右) 42.5kg 44.3kg
握力(左) 38.6kg 39.3kg
反復横跳び 60回 63回
上体起こし 32回 30回
ハンドボール投げ ── 33 m
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「んー、まぁ……悪くはないか」
凡人の割には悪くない結果だった。
よくやった、俺……頑張ったな、俺!
室内競技もひと通り終えてしまいボロボロになった全身は疲労感を纏っていた。
くたびれた身体。すかさず、体育館の壁に背中を預けて胡座をかく姿勢をとる。
「……はぁ、疲れた。日頃運動してなかったからかちょっと動いただけで体が痛い……」
肺に空気を送ると、深い溜め息を吐いた。
「それに比べて……アイツらほんと元気だよな」
「そうだね」
目線の先には例の二人組。
《《アイツら》》、というのは──蘭と花嶋を意味している。バスケットゴールを使って1on1(ワンオンワン)の激しく繰り広げられる攻防がよく目立っていた。タタンッと床を蹴り、機敏に動きながらシュートを入れる姿は男子でも目を見張るものがあった。まるで、底なし沼の体力は昔から変わらず今も健在なようで地獄のような体力測定が終わったのにどこからそんな気力が湧いてくるのか、不思議で仕方がない……これがJKの青春パワーというものなのだろうか?
周りにはたくさんの生徒が人だかりに。
教室で見る日常そのまんまだった。
汗も滴る隣のイケメンに目をやる。
「……そういえば、石川も女子からあんな風になってるけど大変じゃないのか?」
「……え、何が?」
石川は不思議そうに小首を傾げる。
「いや……だって、席について勉強してるときとか廊下にいるときも歓声浴びてると色々大変だと思ってさ」
「あー……、別にそこまで気にしてないかな」
「そうなのか?」
「ああいったのにはもう慣れっこだから」
…………なんか、嫌味だな!
イケメン、スポーツ万能、それと来て頭脳明晰の三拍子は充分過ぎるほど人気を持て余しているらしい。
格の違いを見せつけられたような気がして俺の気持ちはすっかり後込む。
「勉強も運動もできるとなると、そんな余裕もできるのか……《《充実してるんだな》》」
────と、その直後。
突然、二人の間に沈黙が走る。それはこちらからの沈黙ではなく、向こうからの意識的に閉ざす一方的なものだった。
俺の発言から数十秒ほど経ったあと、石川は俯いたように、
「全然満たされてないけどね……」
ぼそりと呟いた。
────表情はさっぱり見えない。
思いがけない言葉だった。
想像した返答の斜め上をいく返答に俺は驚きを隠せず、唖然としてしまう。
「僕は絶対に許せない人がいるから……その人をひれ伏さずにはいつまで経ってもこの心は満たされることはないよ」
「そうなのか……」
ひれ伏す、という言葉に違和感を覚えたかとりあえず触れないことにした。
「たぶん、その人は眼中にないんだと思うけどね。僕がただ勝手に敵対視してるだけの独り相撲みたいな感じだからさ」
口角は上がっているが、笑ってはいない。
皮肉めいた言葉の端々には鋭い刺が見えた。
腹の底が見えない。
(……いったいなんの話なんだ? 人に言いたくないであろう話をわざわざ関係値の薄い俺に聞かせる理由がわからない)
起こりがちな兄弟の諍いなのか、はたまた別のものなのか?
いったい誰のことを──そして、なんのことを指しているのか俺には一切見当もつかなかったが、人間らしい感情も持っていることにホッとした自分もいた。
ひとまず、この淀んだ雰囲気をどうにかしないといけないと当惑していたところでタイミングよく授業が終わりを迎えた。




