エロティシズム
1年6組を後にした俺は外廊下を抜けて、第一体育館と併設する男子更衣室の重厚な扉を開けた。
────と、同時に体操服に着替えたクラスメイトたちの談義に花を咲かせて盛り上がる様子が目に映った。
俺の姿に気がつくと、
「おー、成瀬じゃん! ……遅かったな、なにしてたんだよ。覗きでもしてたのかよ!」
「……アホか、してねぇよ!」
空いているロッカーを開き、体操袋をベンチに置く。
ネクタイを緩めて、第一ボタンから丁寧に外していきながらも絶えず男子らしい会話が続く。
女子には女子の楽園があるように、男子にも同様に男子だけの話が飛び交うのだ。
「──ハッ! ほんとかよ……怪しいな!」
「俺の脳はエロで埋め尽くされてないからアホな行為はしないって、バレたら永久追放モノじゃねえか!」
「嘘つけよ! お前だけずるいぞ!」
「……嘘じゃねぇよ!」
とは言ったものの、覗きの行為に片足突っ込んでたみたいなものか……?
すんでのところで危うく覗き魔──というより……それよりも酷い罪状を叩きつけられるところだった。社会的に抹殺されるのはこの上なくご勘弁願いたい。
なにしろ、こちらに下心がなくともその場にいる時点で一発、即OUTなのだ。
体操着を取り出す。
すると、ダルそうに壁にもたれる生徒が口を開く。
「おーい、そろそろ体力測定始まるし。さっさと行こうぜ、終わらせたら暇持て余しといていいって言ってたしさ」
「おいおい、それは違うな……!」
「……え、違うって……何が?」
要領を得ない発言に目を丸くした生徒は壁から数センチ離れる。
「体育測定はおまけなわけで本来の俺たちの目的はクラスの女子の体操服姿だろ? エロティシズムの象徴であるあれを拝むために今からめんどい行事をササッととこなすんだよ!」
クラスメイトの一人が謎の勝ち誇った口振りで人差し指を左右に振ると、『おぉ……、確かに!!』と更衣室がお祭りの如く湧き上がる。
つまり、ただ単にエロい目で見てるわけだ。
何を言ってるんだこの集団、アホか!!
「普段の制服とは違った、あの体操服の感じがまたエロスを最大限に引き立てるんだよ!!」
「だよな、てかお前ら何フェチなんだよ──」
「俺は足かな」
「俺はやっぱ、匂いフェチとか? あの髪から香るフローラルな匂いが堪んねえよ!」
き、キモすぎる……これは一種の才能か?
羨ましいとは思わないが、なぜか感心する。
「おい、そうときたら早く見に行くぞ……成瀬もすぐ来いよ、待ってるからな!」
「……あ、ああ。すぐ行く……」
色欲に脳を支配された男子たちは欣快に告げるとそそくさと校庭へと出ていった。
ここでノリ気になって着替えを早めるのはなんか癪なので少し遅らせて行くことにした。
だって、嫌じゃん……俺もエロい太腿を見たい一心で急いでると思われるの……、嫌じゃん?
そうして着替え終わると、校庭に出た。
「もう集まりかけてるな……」
グラウンドの端の方でクラスごとにちらほらと集団ができていた。
5組、6組(俺たちのクラス)が最初に外限定の競技をするらしい。その後、体育館の方に移動して他のクラスと交代……そうすることでごった返して詰まるのを防ぐというわけだ。
「おーいそろそろ始めるぞ〜、集まれ!」
筋骨隆々のいかにも体育教師って感じの男教師だった。
ちょうどチャイムと先生の合図が合致し、向かうと去年同様に説明を受ける。
体育座りで並ばせられ、用紙が生徒伝いに前から回された。
……うわ、こんなに種目多かったっけ?
────────────────────
・体力測定記録表
名前 成瀬礼斗
身長 177.5cm
体重 60.7kg
1回目 2回目
50m走
握力(右)
握力(左)
反復横跳び
上体起こし
ハンドボール投げ
︙
─────────────────────
この紙にどんどん記載していくというわけだ。
「じゃあ、二人組になって記録取り始めていけよ〜。種目数多いから交代の時間までに取れなかったら放課後またする羽目になるぞ!」
急げと言わんばかりに俺たち生徒に発破をかけてくる。
教師からすれば割と面倒な仕事なのだろう、部活の顧問もやっているのだから色々と仕事が被りたくないに違いない、誰だってタスクが増えるのは喜ばしいことではないのだから。
でも……その言葉はやめてくれ! 『ペアをつくれ』という行為を簡単に言うがこちらからすれば難しいこの上ないのだ。
どんどん周りでペアがつくられていく中で焦りを感じつつも、裏腹にぽつんと孤立する感覚はなかなかにくるものがある。
果たして、俺と組みたいと思うやつはいるのだろうか──
「ちょっといいかな、もし良かったら僕と組んでくれないかな?」
──って、いるんかい。
驚きを隠せずも顔を起こし、見上げた。
ザ・真面目そうな男子だった。
記憶が曖昧で、確か生徒会に入るらしいが、その時点で結構想定道理だな……。
まぁ、蓮のような例外もあるがあいつはあいつでイレギュラーな存在だから一般論には当てはまらないだろう。
それはいいとして、初対面。
あまりどんな生徒かは知らないけど、イケメンと持て囃されているのはクラスでよく見ていた。なぜ、話したこともない俺と組もうと思い至ったのかは些か不明だが、折角快い提案してくれたのだ、ここはありがたくそのご厚意を預かるとしようか。
「ああ、わかった」
そう言うと、彼はニコッと微笑んで、
「自己紹介……まだだったね、僕の名前は石川颯」
「成瀬礼斗、よろしく……」
「あはは、よろしくね。成瀬くん」
簡単な自己紹介を済ませると、互いに握手を交わした。
思い違いかもしれないが、若干手を握る力が込められているような、そんな気がした。




