《本編完結》鐘
ルシンダからサンラザールの毒が欲しいと言われた時、思わずさすがヘレンの子だと興味を持ったのは確かだった。
その身を囮にしてサンラザールの間謀を炙り出し、解毒薬のことをセシル家の侍女から聞き出すことに成功したあの頃、ヘレンが言ったのは、親の因縁に縛られるのは自分で終わりにしたい、この子には引き継がさないと言う、母としての決意そのものであった。
ルシンダが旅立つ時、初めての親子の対面を果たした。
ついぞ、ヘレンの願いは叶えられなかった、親の因縁は子を経て孫の代まで。
その絡み付くような執拗さに辟易としていた時、徐に言い出した願いは、
「生んだ子供が成人したら、母が死んだサンラザールの毒で病気になるからその間に戦争でも暗殺でもなんでもしてくれ、そして生きて戻ったのならば自由を与えてくれ」
まるで、ヘレンが言ったようなことを軽々と言うので、ではその決意を見せて貰おうとセシル家の侍女に命じてサンラザール王家の毒を作らせて渡した。
「でも使わないかもしれませんけどね、もし、サンラザール王家が私を大切にして、契約をきちんと守り、夫が心底私を愛すようなことがあれば、私も愛してしまうかもしれない。そうしたら、命大事と毒は飲まないわ、万が一ですけどね」
そんな万が一はやはり起こらず、王弟ダミアンは愚かにも当然のようにルシンダを冷遇し、それを契約違反だとトーマスがフルーレザンの国王に迫って、計画通り王子宮には多くのアルビオン王国の者が入り込んだ。
表向きは和やかな関係を維持しつつ、王子宮に入り込んだ間謀がサンラザール王家に恨みを持つ者を探し出しては王位の継承が不正だと囁いて歩いていた。
そのうち、平民の間に奇妙な流行歌が流れ出した。
誰が殺したコマドリを、俺が殺したと雀が答えた、弓と矢で殺したんだとそう言った。
赤い髪が特徴で、それ故に太陽王と呼ばれたかつての国王が殺されたのを暗示したような内容で、その不穏な歌詞に平民のみならず、貴族までも謎解きのように、その登場人物に現実の貴族の名をあげた。
雀と言えば、金の三羽の雀が家紋のモノー家だろう。
魚とは、ベニヒワとは、カラスとは、ヒバリはどこの、ハトはどこだ、そうして、王家の訃報を告げる鐘を鳴らす雄牛は、王家に虐げられてきた平民が力をあわせて王族不要を知らしめるのだ、そんな言葉に誘導されるように、王家に反感を持っていた多くの国民が、王位を簒奪した現在の国王たち王族を成敗しよう、そんな気運が高められていった。
病気で長く入院していた病院から姿を眩ませて、その病気の原因がサンラザール王家秘匿の毒によるものだったとどこそこで噂が流されて、王家が焦って行方を探した頃には、偉大な太陽王だけでなく、友好国から嫁いできた王子妃をも長く不貞で悩ませ蔑ろにした挙げ句にとうとう毒で殺してしまった、なんて非情な王族たちだ、次に殺されるのは国民だとの声が上がったのである。
それをきっかけに、フルーレザン各地で内乱が連発し、その責任を第二王子ダミアンに擦り付けた所で、国王の責任を追求され、王家不要論へと大きく舵を切ったのだった。
泥沼の内戦に突入したフルーレザンの明日はどうなるのか、神のみぞ知る、の状況となったのであった。
「すぐに部屋へと向かいます」
アーチーと一緒に王宮へと急いだマットは、フィッツロイ公爵トーマスの同席の下、王宮医師団を公爵に与えられている執務室に呼びつけて、サンラザール王家の毒を完璧に解毒する解毒薬の説明をしていた。
話を最期まで聞き終えて、その団長が断言して、解毒薬の入った小瓶を受け取り、急いで辞してルシンダの寝ている部屋へと向かった。
ホッと一息をついた半刻後、突然王都中に響き渡る、王宮にある大聖堂の鐘楼からの鐘の音。
一つ、二つ、三つ、鳴り続ける鐘が二十一回目で止んだ。
「二十一回」
アーチーの小さい呟き声が執務室に響いた。
アルビオン王国で、大聖堂の鐘が二十一回鳴る時、それは王族が亡くなった時の鐘の数なのだ、同席していた補佐官の誰かがマットに告げた。
「そんな、そんなバカな!」
マットの声に、公爵が王宮の奥へと走り出して、アーチーも後を追った。
マットも続こうとしたけれども、他国の平民が行くことはならないと、補佐官と護衛騎士が必死で止めた。
「そんな、間に、間に合わなかったのか」
絶望に顔を青くして項垂れて、床を叩くマットの下に、同じように絶望した顔の公爵とアーチーが戻ってきた。
「ルシンダは亡くなった、そう言い張るばかりで家族である我々にも立ち会わせない」
「王子妃だった献身を考慮して、最期は王女として葬儀を取り仕切り王墓へと埋葬すると言っている、強く抗議する」
公爵は激昂して国王への謁見の申請を出し、抗議と交渉を重ねると言って、アーチーと平民に過ぎないマットはその場からの退席を迫られた。
結局、度重なるフィッツロイ公爵家からの要請をけんもほろろに軽く扱って、程無くして王宮の大聖堂で、厳かなミサを王族のみの列席で執り行って終えた。
公爵家には、その形見分けだと言って、ルシンダが最期の時まで身に付けていたペリドットの指輪が返されただけであった。
この対応に怒りが収まらないトーマスは、フルーレザンの状況に今回の国王リチャードの横暴を重ねて、議会に退位を迫る申し立てを行った。
それに呼応するように、他所の貴族からも国民の権利を認める宣言を求めて、詰め寄られたが、これを国王リチャードは話し合いに応じず拒否をして、大批判の的になったのだった。
そんな貴族の騒動の中で、失意のマットの下にアーチーがルシンダの遺品であるペリドットの指輪を渡しにやって来た。
「最後にあなたと、姉は楽しい時間を過ごせた。それはとても貴重で、姉の生涯で唯一の幸せな時間だったと思う、ドクター、姉に付き合ってくれて感謝する」
きっちりとした高位貴族の子息らしい装いで、顔色は明らかに青く目元には隈が縁取っていたけれど、紳士な礼をしてマットと対面していた。
「いや、俺がもっと早く、完璧な解毒薬を作っていたらルシンダは助かったはずなんだ。すまない」
マットも同じように黒く落ち窪んだ目と色を失った顔色で、焦燥にかられた様子でその指輪を受けとり、頭を下げた。
公爵家からマットへと多くの金銭が支払われた。
マットは助けられなかったからと、拒否していたが、
「姉は契約を律儀に守る人だったんだ。姉を国王に望むことが叶わない今、せめてもの償いとして受け取ってくれ」
そう言うアーチーに押し付けられたのだった。
マットは、アルビオンからフィオレンツァの診療所へと一旦戻ると、そこにはこの逃避行に巻き込んだ祖父が町医者として診療をしていた。
「じいさん、あんた、生きてるのか」
「なんだ、お前ひどい顔だな。医者が健康を害してどうする、そんなんじゃ医者としてまだまだ認められんぞ」
だから半人前には診療所の医者の座は渡さないと言いはって、結局、マットはナポルからまた『ステラ・マリス号』に乗って、半年かけてハポネ皇国のドクターイオリの元へと向かったのだった。
ハポネ皇国に着いて二年目を迎えた春、本草療養所の庭先、川沿いの土手、そこら中、ピンクのサクラが咲き乱れ、風に花びらを舞い散らしてした。
それを立ち止まって、マットが眺めていた。
ああ、この風景もルシンダに見せたかった。
ルシンダ、もし違う出会いだったとしても、俺はもう一度、いや何度でも君に恋するだろう。
君と、君の居る世界を一緒に見ていたかった、過ごしたかった。
マットの中で、ルシンダは色褪せることはなく、あの半年間の思い出を絵巻物のように繰り返し思い出しては、彼女を忍んだ。
《マットさん、お客さんがお出でですよ》
オタミが庭の桜の木の下で佇んでいるマットを呼びに来ると、返事も待たずにそそくさと戻って行った。
マットが療養所の入口へと向かうと、大きなキャスケットを被った異人の後ろ姿が見えた。
マットは、その姿に息を飲んで、目を見開いて帝国語で声をかけた。
「何かご用ですか、」
「ええ、胸が痛いのよ。貴方を思うと苦しくて」
帽子を脱ぎ振り返ったのは、あのアントニオが切った時と同じくらい短い髪をしたルシンダだった。
「ルシンダ!なぜ、どうして!生きていたのか」
問いの返事も待たずに、彼女の細い体を抱き締め、項に顔を埋めて彼女の香りを吸い込んだ。
「マット、驚かせてごめんなさい。国王の庶子ルシンダは死んで、今は平民のルーシーなの。
私、賭けに勝ったならその全てを投げ捨てて貴方と一緒になれるようにと、陛下にお願いしたのよ。
そのせいで、陛下は退位をさせられて、王家は政治から身を引くことになってしまったのだけれど。でも、これで貴方の手を取ることが出来るのだけど、あの約束はまだ大丈夫かしら」
ルシンダが、身を捩ってマットの瞳を覗き込んだ。
「当然だ、ルシンダ。いや、ルーシー、俺と結婚してくれ。今度こそ最後のその時まで君と一緒に居たいんだ」
マットがもう一度強く、強く抱き締めて、そう言った。
「ええ、今度こそ、最後はあなたと死が別つまで一緒に居ると誓うわ」
ルシンダが背中に手を回して強く抱き締め返したのだった。
突然、強い風が吹き込んで、桜の花弁が風に吹かれて踊るように舞い上がった。
春の風は心地よく二人を包んで、これからの二人の人生を祝福しているようであった。
「完」
お付き合い頂きましてありがとうございました。
明日、明後日の番外編を持ちまして完全完結となります。
明日は、黒幕の弟ジョージと国王となる弟エドワードのスピンオフを12時に投稿致します。
お読み頂ければ幸いです。




