余命宣告
本日7/1より連載開始致しました。
毎日12時と19時半の1日2回更新で完結まで進めて参ります。
最後までお付き合い頂けますようお願い致します。
「残念ですが、手を尽くしましたがこれ以上はもう、」
そう言うと視線を下げた主任医師に
「では余命はどのくらいか、わかる?」
と、温度の無い声色で問う。
「ハッキリとは申し上げれませんが、半と、し、いや四、いや三ヶ月、でしょうか」
絞り出すように答えた医師の額には大粒の汗が浮かんでいた。
「そう、三ヶ月から半年というところね。秋の終わりか冬の最中か、私に春は訪れないのね。最後の春だと知っていたら、春の花々を目に焼き付けておけば良かったわね」
その言葉は医師への恨みと言うよりは些末な願いのような言い方で、吐息のように溢された。
白金の髪を緩やかに片側へ編んで纏めその顔はレースのベールで隠されていて表情は見えない。
彼女の身を包む衣服は、身体を締め付けない緩やかな物でありながら、その布は光沢と張りのあるシルクで、それを幾重にも重ねて他者が彼女の体つきを伺うことは出来ないようになっていた。
広い応接室のソファに座った姿は、とても余命宣告を受けた者のようには見えない貴婦人のそれで、彼女の後ろに控える三人の侍女たちも、入口に立つ護衛騎士も微動だにせずに居た。
「では王宮へお知らせと説明はそちらでお願いしますね。母国には私の方からすぐに大使が伝えます」
先ほどの呟きとは違い、大声ではないのに背筋がスッと伸びるような凛とした声で貴婦人は医師団に命じた。
「は、ではそのように」
恭しく頭を下げて十数人の一団が彼女の入院している特別病室から出ていった。
医師団を見送りに侍女の一人が部屋を出て行くのを見送ると、彼女の後ろに立っていた侍女頭が
「では、手筈通りに」
そう声をかけた。
その声を合図に一同は部屋を出て、各々の持ち場へと去っていった。
「では、参りましょう」
侍女頭は手を差し伸べて、彼女を立たせると、二人はゆっくりと歩き出したのであった。
一方、その頃、同じ病院の一般病室の一室では、しわしわに痩せた老人が掠れた声で、見舞いに来た孫息子へと話しかけた。
「マット、よ、良く来てくれた。待っておったぞ」
「じいさん、随分萎れたな。なんだい、不出来な孫の俺に会いたいなんて手紙を出すとは、もうそろそろお迎えが近いのか」
くたびれた背広を着た顔の半分を髭で覆われている男が、病気の祖父に向かって悪態をついていた。
「マット。お前が腐るのもわかってる。全てわしの不徳の致すところだ。だが、お前にしか頼めないことなのだ。マット、頼むぞ。これから何があっても医師として矜持に従い己を忘れるな」
「なんだ、なんだじいさん、謎なぞか?遺言か?
良くわからんが、俺が医師としての矜持を忘れる訳ないだろう。
それを言うために態々俺をこんな遠くまで呼び出したのか?耄碌したなじいさん。
元筆頭王廷医も年には勝てないってことだな。精々踏ん張って、最期の時まで自分の人生を振り返り内省せよ。
じゃあな、次に会う時は教会だ」
そう言うとマットは一瞥して病室を出ていった。
「ご主人様、お孫様随分な言い様ですわね。病人を労るでも無く、あれが本当に医者なんですか」
付き添う看護使用人が憤慨して、老人へと問うた。
「あれは、腕の良い医者だ。ワシとの関係が拗れたのはワシのせいなんだ。無作法は老いぼれのせいと許してやっておくれ」
老人がそう言うと、
「ご主人様がそう仰るなら私が申し上げることはございませんが。見舞いの花を生けて参りますね」
しぶしぶと使用人が答えて、出ていった。
「いったいなんなんだ」
マットはイライラしながら祖父の病室のある入院棟から出て、中庭を突っ切って馬車止めへと早足で進んでいた。
マットは、この病院のあるフルーレゾン王国から最近この大陸の中心部に導入された夜行列車で2日半もかかるフィオレンツァ共和国の中心部で小さな診療所をやっている医師である。
平民中心の患者を診ている医師だけに貧乏暇なしで、往復5日もかけて、診療所を休んでまで祖父の見舞いに来たのは、単に、祖父が最期に孫のマットへ告げたい真実があると手紙を寄越したからだった。
マットの家は、代々王宮医を拝命してきた子爵家で、祖父は歴代の当主として最も高位に出世した筆頭王宮医であった。
マットの親も兄も家業を継いで、今もこの国で王廷医をしている。
兄のスペアであるマットは、将来独立して診療所を開くべく、大陸一の学術都市であるプロイス帝国の大学で最先端の医療技術を学び、祖国の医療技術の底上げをしようと勢い勇んで帰国したのだが、そこは古くからの柵に雁字搦めになっている閉鎖的な空間で、若いマットが心を折られるのに時間はかからなかった。
祖父が筆頭王宮医とは言え、子爵家でしかないセシル家。
「マット、フルーレザンにはフルーレザンのやり方がある。それに従えないのであればお前はこの国で医者になれん」
一族の誇りと共に医学の師と仰いでいた祖父の言葉に、若きマットは絶望して、
「医学の進歩に合わせられず、遅れた知識に縛られるこの国での医療なんぞ、こっちから願い下げだ!おれはこの家からもこの国からも出る!」
そう捨て台詞を親兄弟と当主の祖父に投げつけて、貴族籍も捨てて、南の隣国、フィオレンツァ共和国へと移り住んだのだった。
それ以降一切の干渉もお互いに無く、その存在も忘れていた矢先、母国を出て10年を経て突然、祖父から手紙で帰国を即されたのであった。
始めは無視を決め込んでいたが、今回はマットが捨てた生家の、セシル家の家令がわざわざ手紙と一緒に夜行列車の切符まで持参して、診療中のボロい診療所にまでやって来て、マットを連れて帰るまでここから梃子でも動かないと涙涙で宣う始末。
その悲愴感いっぱいな姿に絆され看護手伝いも、患者までもが、
「先生、ご当主の、お祖父さんに会える最後の機会じゃないですか。老い先短い病人が会いたがっているって言うんです、絶対に会いに行った方が良いですよ」
だの、
「先生、死んじゃったら話を聞くことも出来ないんですよ。告白があると言うのなら聞いとかなきゃダメですぜ」
だのと口々に言うもので、重い腰を上げて、やっとの決意で帰ってきたのに、最期の告白なんぞ意味も無く、訳のわからぬ謎かけのような話に憤慨し、生家に立ち寄ることもなく一路帰宅を決めたのだった。
馬車止まりに止まっている家紋の無い馬車を見つけて御者に
「この馬車は乗り合い馬車かい?」
と問いかけると、そうだと返され扉が開かれた。
中には身体を小さく縮めた少年とどこかの貴族家の侍女と思われる女が乗っていた。
「失礼、駅まで同乗するよ」
マットはそう言いながら、少年の横に腰かけた。
扉が閉められても暫く動く様子が無い。
不思議に思ったマットは、そっとカーテンを開けて窓から外を伺うと、マットの馬車の前後左右に家紋は無いが如何にも立派な馬車が横付けされて、その中に荷物や人がどんどんと詰め込まれていた。
どうやら身分の高い人が出て行くようだと予想した通り、多くの護衛と侍女に囲まれ、厚いベールを被った女性が一際上等な馬車に乗り込んで、直ぐ様出発していった。
その後ろをゾロゾロとマットの乗った乗り合い馬車を囲んでいた馬車が連なって走り出して、全部の馬車が見えなくなった頃、マットの乗り合い馬車がゆっくりと走り出した。
先程の身分の高い人物が走る道は交通規制が為されているらしく、乗り合い馬車はぐるりと大回りしながら倍の時間をかけて駅に到着したのだった。
「何か大変なことが起きたのでしょうね。随分時間がかかってしまいましたね」
マットが同乗者に声をかけて、ではこれでと暇を告げようとするその時、
「セシル元子爵からのお手紙をお預かりしております、ここで読んでから下車してください」
車内では、一言も言葉を発せなかった侍女と思召しき女が懐から手紙を取り出して、マットへと渡してきた。
「は?」
言葉の意味が即座には理解できない。
単なる同乗者と思われた女は祖父の知り合いのようで、その手に握られている手紙の封蝋はセシル家の物で間違いが無かったのだから。
女は真っ直ぐに強い視線をマットに向けながら、手紙を押し付けてくるので、勢いで受け取ってしまった。
憮然としながらも、汽車の出発の時間も気になるので、取り合えず封を開けて手紙を読む。
マットの眉間には深い深い皺が寄り、その髭面がくしゃりと歪んだ。
「どういうことだ」
「手紙の通りです。では、宜しくお願いしますね」
女は澄ました顔でそう告げると、トントンと扉をノックした。
直ぐ様、御者が外から開けると、女に手を差し伸べた。
女は、外で待ち構えていた護衛と荷物を持ったメイドと共に駅へと歩いていった。
それを見つめていたマットは、同乗しているキャスケットを被った少年に目線を落として、はあと深いため息をついた。
「しょうがねえな、じゃあ行くか」
そう声をかけると、少年と一緒に夜行列車へと乗車したのだった。




