第9話 ダンジョン庁の男
嫌な予感ってのは、よく当たる。
ただし今回は、思ったより礼儀正しい形で当たった。
黒塗りの公用車から降りてきたのは、武装した強面の集団──ではなく、眼鏡のスーツが一人と、書類鞄を提げた部下が三人だった。
先頭の男は俺の前まで来ると、きっちり九十度に腰を折った。
「夜分に失礼いたします。ダンジョン庁、特異事象対策課・主任の葛城と申します」
役人ってのは、名乗りが長い。
「まかべ食堂の真壁です。──まあ、用件の察しはつくよ」
俺は荷台の発泡スチロールの箱を、顎で指した。
「例の石だろ。ちょうど届け先で迷ってたとこだ。持ってってくれると助かる」
「……ご協力に感謝します。正直、所有権を主張されると面倒な手続きになるところでした」
「要らんよ、あんな物騒なもん。肉は捌けるが、光る石は捌けない」
聴取は三十分ほど続いた。
発見の場所、深さ、周りの肉の様子。俺は、触って分かったことを全部話した。
胃袋じゃなく、心臓のすぐ隣にいたこと。後から呑み込んだ石じゃなく、周りの肉が石を抱きかかえるみたいに育っていたこと。
葛城主任は、最初こそ相槌を打ちながらメモを取っていたが、途中からペンが止まり、最後は俺の顔をじっと見ていた。
「……それは、解析機器による測定結果ですか」
「いや、指の感触」
「指」
「指の背な。腹は脂で鈍る」
主任は眼鏡を押し上げて、何かを飲み込むように一度黙った。
「──正式な解析結果が出ましたら、改めてご連絡します。おそらく、こちらから伺うことになるかと」
「うちは深夜営業の丼一品だよ」
「存じています。……部下が、あなたの配信の視聴者でして」
国家機関ってのも、案外暇人を飼ってるらしい。
それから、六日。
店はいつも通りの深夜営業に戻り、フードの常連は今夜も皆勤賞を更新していた。二杯目から大盛り。うちの決まりだ。
零時四十分。カウンターの前に、見覚えのある眼鏡が立った。
《ん? スーツ?》
《こんな時間に公務員いて草》
《社畜の聖地になるのか、この店》
「いらっしゃい。──ほんとに来たのか」
「公務です。……いえ、半分は」
フードの常連の箸が一瞬だけ止まり、それからまた、何事もなく動き出した。
《フードちゃん、今ちょっと警戒したな》
《いや、食うほうを選んだぞ》
《飯への信頼が役人への警戒に勝った瞬間である》
葛城主任は丼を一杯。今夜は雷鹿の筋を、骨出汁で三日炊いたやつだ。
一口で、箸が止まった。
「……筋、ですよねこれ。なぜ、こんなに柔らかい」
「筋ってのは硬いんじゃない。生きてる間、ずっと仕事をしてただけだ。労ってほぐしてやれば、ちゃんと応える」
《出た、人間国宝の素材論》
《筋に労いを覚えた公務員、本邦初》
《白瀬こはく:役人さんが丼に落ちる瞬間、クリップしました! タイトルは「陥落」です!》
主任は丼を綺麗に空けて、箸を置き、それから言った。
「閉店後、お時間をいただけますか。──配信は、切っていただいて」
看板を仕舞ったカウンターで、葛城主任は分厚い報告書を広げた。
「まず、例の鉱石。結論から申し上げると──正体不明です。既知のどの魔石とも、組成が一致しません」
「そうかい。で、本題は?」
「……分かりますか」
「報告書の開き方が、石のページじゃなかった」
主任は短く苦笑して、一枚のグラフを俺に向けた。
「本題は、石ではなく──あなたの解体痕です」
なんでも、回収した鉱石の「周りの肉」を解析に回したところ、研究所がちょっとした騒ぎになったらしい。
「魔獣素材には、魔力の通り道──魔力構造が走っています。解体すれば、必ずどこかが切れる。一級資格者の処理でも、残存率は平均六割。優秀な者で七割です。ところが」
主任の指が、グラフの一番上、天井に張り付いた線を叩いた。
「あなたの検体は、十割。損傷ゼロです。念のため、古巣の納品記録を辿って、市場に流通しているあなたの過去の解体素材も取り寄せて、測定しました。──全部、十割でした」
「ほう」
「真壁さん。あなたの解体は、素材の魔力構造を一切壊していない。こんな数値は、世界で確認例がないんです」
「ああ、それなあ」
俺は湯呑みの茶を一口飲んだ。
「魔力の通り道ってのは、要するに筋膜の走りと同じ向きに流れてるんだ。だから、逆撫でしなきゃ切れない。──研いだ包丁なら、誰でもできますよ」
「できません」
即答だった。
「世界中の解体師の統計が、できないと言っています」
「そりゃ、研ぎが足りないんだろう」
葛城主任は眼鏡を外し、眉間を長いこと揉んでいた。
胃でも痛むんだろうか。役人ってのは大変だ。
「……本日のところは、これで失礼します」
主任は立ち上がり、カウンターに名刺を一枚と、角の固い封筒をひとつ置いた。
「特異素材の解析協力依頼です。例の鉱石の調査に、あなたの──その『指』をお借りしたい。お返事は、いつでも」
公用車に乗り込む間際、葛城主任は振り返って、付け足すように言った。
「真壁さん。あの石は、保管庫の中で今も明滅を続けています。観測班の報告書には、こう書いてありました。──『生体反応に類似』と」
赤いテールランプが角を曲がって消えたあと、俺は街灯の下で名刺を裏返した。
息をするみたいに光る石と、あの夜、それを「その子」と呼んだ細い声。
──どうにも、嫌な並びだった。




