第8話 鉱石
依頼を受けます、と窓口に返信したのは、写真を見た五分後だった。
依頼主は中堅クラン《鉄菱》。大穴の中層で、例の大鎧熊を仕留めた連中だ。
折り返しの電話に出た隊長は、開口一番、声で頭を下げた。電話越しでも分かる。人が頭を下げるときの声ってのは、ある。
「正直、後がないんです。討伐で装備は半壊、隊員も二人入院してます。素材を金に換えないと、来月の活動費が出ない。なのに、解体は全部断られました」
「だろうな。生半可な刃じゃ、あの装甲は割れん。失敗すりゃ素材は値崩れ、包丁は廃品。誰だって割に合わない」
「……やっぱり、無理ですか」
「無理かどうかは、触ってから決める。──ただし、受けるなら条件がひとつ」
「な、なんでしょう」
「配信させてくれ。うちは、そういう店なんでね」
翌日、下見に行った。
鉄菱の資材置き場は大穴の管制区域のすぐ外にあって、冷凍コンテナの中に、写真の通りの規格外が眠っていた。
装甲の継ぎ目を、指の背でなぞって二十分。
「三日くれ。包丁を研ぎ直してくる」
当日。食堂は臨時休業の告知を出して、フードトラックごと資材置き場に乗りつけた。
走る厨房ってのは便利だ。包丁一式も研ぎ場も、ついでに寸胴まで載る。
倉庫の作業灯の下に、大鎧熊が横たわっている。
図鑑の上なら体長二メートル半。目の前の個体は、ざっと六メートル。比べるのも馬鹿らしい規格外だ。
【出張配信:規格外の大鎧熊、捌きます】
開始三秒、同接三千。
《待ってた》
《食堂休みって聞いて泣いてたけど、これなら許す》
《でかすぎだろ。魔獣ってより災害では?》
《白瀬こはく:歴史の証人になりに来ました! クリップ、装填済みです!》
「おう、夜分にどうも。──じゃ、始める前にひとつだけ」
装甲を、指の背でこんこんと叩く。
「大鎧熊の装甲は、瓦みたいに重なってる。一枚板じゃない。で、業者が断った理由はこの硬さじゃない。──継ぎ目が、個体ごとに全部違うことだ」
《どういうこと?》
「鎧ってのは、着てる奴の体に合わせて歪むんだ。人間の兜と同じさ。図鑑通りに刃を入れれば、十中八九、装甲の裏の筋を断つ。装甲も筋も、それで二束三文だ」
《じゃあどうすんの》
《継ぎ目どうやって見つけるんだよ》
「触れば分かる。──十年、触ってりゃな」
叩いた音の返りを、手のひらで聞く。詰まった音は骨の上。澄んだ音は装甲が浮いてる証拠。その境目に、継ぎ目は隠れてる。
筋引きの刃先を五ミリだけ沈めて、手首を返す。
こん。
畳一枚ぶんの装甲が、傷ひとつなく外れた。
《出た》
《いつもの音》
《六メートルの魔獣と骨付きロースが同じ音で捌かれてるんだが》
《音で継ぎ目が分かるとか嘘だろ……嘘じゃないんだよなあ》
二枚目。三枚目。同じ音、同じ間隔。
同接、五千。
異変があったのは、装甲を半分ほど外して、胸に刃を進めたときだった。
刃先が、嫌がった。
説明の難しい感触だ。脂でもない、骨でもない。もっと硬くて──もっと、静かな何かが、肉の奥にいる。
「……隊長さん。こいつ、討伐のとき胸に何か食らってるか」
「いえ。仕留めたのは首への一撃で、胸は無傷のはずです」
「そうかい」
刃の進路を変える。正体の分からんものに、刃は当てない。周りから、ゆっくり外していく。
魔獣が異物を呑み込んでるのは、珍しい話じゃない。胃石、武器の破片、運が悪けりゃ不発の魔導弾。
「石が入ってると、刃が欠けるんだよなあ」
苦笑いしながら、肉の襞をそっと開いた──その瞬間。
倉庫の作業灯が、要らなくなった。
握り拳ほどの鉱石が、肋骨の裏で青白く光っていた。
ゆっくり、明滅しながら。──まるで、息でもするみたいに。
《は?》
《なにこれ》
《光る石……魔石?》
《魔石はこんな光り方しない。明滅って何だよ》
《心臓みたいで怖いんだが》
「……呑んだにしちゃ、場所がおかしいな」
胃じゃない。心臓のすぐ隣だ。しかも周りの肉が、石を抱きかかえるみたいな育ち方をしてる。後から入ったんじゃない。こいつは長いこと、ここで一緒に育ってる。
《おい、待て。考察班だが》
《こいつの規格外のデカさ、その石のせいじゃないのか》
《やめろ、ゾクッとした》
そのとき、倉庫の入り口で、小さな影が動いた。
見覚えのあるフードだった。店が休みだってのに、わざわざこんな場所まで。
ただ、いつもと様子が違う。カウンター越しの猫背じゃなく、まっすぐ立って、フードの奥からじっと鉱石を見ている。
その右手が、白い柄に、静かに掛かっていた。
《入り口》
《フードちゃん!? なんでここに》
《……おい。剣に手を掛けてるぞ》
「いらっしゃい。悪いが、今夜は丼はないぞ」
「……その石」
細い声が、いつもより硬かった。
「……早く、その子を、そこから、出してあげてください」
注文以外の言葉を、初めて聞いた気がした。
「ああ。──今、やってるとこだ」
石には最後まで刃を当てなかった。周りの肉ごと、ひと塊で外して、発泡スチロールの箱に納める。
蓋を閉めると、倉庫の灯りが、元の仕事を思い出した。
入り口の影が、ふ、と肩の力を抜くのが分かった。
《緊張感やばかった》
《何だったんだ、今の間は》
《白瀬こはく:手が震えて、クリップ作れませんでした……こんなの初めてです》
「さて。拾得物──じゃなくて体内物か。届け出は保健所かね、警察かね」
《ダンジョン庁だよ!》
《国家案件なんよ》
《届け先で迷うな、そんな物騒なもんで》
同接が一万を超えたのは、その直後だった。
《ニュースサイトに転載されてるぞ》
《トレンド一位「発光鉱石」、二位「深夜の解体屋」》
《白瀬こはく:私のタイムライン、全部まかべさんなんですけど!?》
「世の中、よっぽど暇人が多いらしい」
《その認識をまず捌け》
残りの解体は、空が白む前に終わった。
装甲三十六枚、全部無傷。肉も筋も腱も、等級を一段も落とさず納めた。買取の見積もりを聞いた鉄菱の隊長は、金額を三度聞き直して、それから声を殺して泣いた。
「これで……隊が、続けられます」
「泣くなら飯にしな。──ちょうど、寸胴が温まってる」
隊長が分けてくれた端肉でこしらえた賄いの汁を、鉄菱の連中と、入り口の常連に一杯ずつ。
フードの奥から、いつもの調子で「……おかわり」が出たので、まあ、機嫌は直ったんだろう。
片付けを終えて、フードトラックの運転席に乗り込みかけた──そのときだった。
資材置き場の入り口から、ヘッドライトが二対、音もなく滑り込んできた。
黒塗りの公用車が二台。うちのくたびれたフードトラックの真ん前に、ぴたりと停まる。
ナンバーの地名は、霞が関のお膝元。
──嫌な予感ってのは、研いだ刃と同じで、だいたいよく当たる。




