第7話 よく食う子だな
開店から、七日。
商売ってのは正直だ。雨の日は客足が鈍り、大穴で大規模潜行があった日は、潜り帰りの探索者がカウンターに肩を並べる。
メニューは変わらず一品。賄い丼、味噌汁つきの五百円。中身はその日の仕込み次第で、今夜は魔猪の肩ロースを骨出汁で炊いた、角煮丼にした。
配信は今夜も四桁。手元と鍋しか映していないのに、世の中は物好きで満ちている。
そして、零時二十分。
街灯の影から滲み出るみたいに、あのフードの客が現れる。
開店から七日、一晩も欠かさずの皆勤賞だ。
「いらっしゃい」
「……それを」
「あいよ」
注文は初日から一言も変わらない。うちは一品しかないんだから当たり前なんだが、最近はこの「それを」を聞くと、今日も店を開けてよかったと思うようになってきた。
一杯目。湯気に向かって、祈るみたいな間がひとつ。それから綺麗な箸使いで、一定のペース。
二杯目からは大盛りにする。これはもう、うちの決まりだ。
《来たぞ、フードちゃん》
《今夜も皆勤で草》
《この子が食い始めると配信が平和になる》
《わかる。そしてこっちの腹が減る。困る》
三杯目を装いながら、聞いてみた。
「あんた、育ち盛りか」
フードが、少し傾いた。
「……たぶん、もう、違います」
「じゃあ働き盛りだな。──大盛りにしとこう」
「……はい」
フードの奥の声が、ほんの少しだけ弾んだ気がした。
四杯目のあたりで、コメント欄が妙に揉め始めた。
《なあ、そろそろ言っていいか》
《やめろ》
《いや言わせろ。探索者は飯で魔力を補う。食う量は使った魔力に比例する。丼五杯ってのはな、一晩でS級と殴り合うレベルの消費なんだよ》
《小柄。単独行動。白い柄の剣。深夜に大穴方面から徒歩》
《先週のS級単独討伐の速報、覚えてるか。ランカー1位の──》
《やめろって! 飯くらい静かに食わせてやれ!》
「どうした、今日は騒がしいな。……ランカー? ああ、探索者の格付けか」
《そうだよ人類最強だよ》
《天宮凛だよ。十九で1位の化け物だよ》
《テレビ点けろおっさん》
「悪いな、うちのテレビは八年前から冷蔵庫の台だ。──俺は素材の格付けなら分かるが、人間のは専門外でね」
《人間国宝が言うか、それを》
《本人が一番知らない定期》
《白瀬こはく:正体検証クリップ、作りかけて消しました! ここは私の癒し枠なので、永遠に平和でいてほしいんです! ガチで!》
「何の騒ぎか知らんが、コメントってのは流れる前に読め、だな。飯と一緒だ。冷める前に食え」
我ながら上手いことを言ったつもりだったが、誰にも拾われなかった。
幸い、当の本人は丼に没頭していて、画面の騒ぎには気づいてもいない。うちのスマホは庇の内側、客席からは背中しか見えない位置にある。
飯を食う顔は配信の具にしない。それと同じで、客の詮索も具にはしない。それがうちの流儀だ。
五杯目の丼が、今夜も綺麗に空いた。
米の一粒も残っていない。タレの最後のひと刷毛まで攫っていく食い方だ。
「……ごちそうさまでした」
「おう。──あんた、ほんとにいい食いっぷりだな」
小銭を数えていた手が、止まった。
「……いい?」
「ああ。捌いた肉を綺麗に食い切ってもらうのはな、職人にとっちゃ一番の褒め言葉なんだ。雷鹿も魔猪も、あんたに食われて本望だろうよ」
フードの奥で、客は長いこと黙っていた。
「……私、」
細い声だった。
「……そんなふうに、褒められたの……初めて、です」
「そうかい」
深くは聞かなかった。事情ってのは客の荷物だ。店主が勝手に蓋を開けるもんじゃない。
「うちの褒め言葉は、それしか置いてなくてね。──気に入ったなら、また来な」
フードが、深く縦に振れた。
「……明日も、来ます」
小銭をきっちり揃えてカウンターに置き、深々と一礼して、客は夜に溶けていった。
入れ替わるように、コメント欄がぽつりと流れる。
《そういえばさ。rinって常連コメ、最近見なくないか》
《……気づいてしまったか》
《フードちゃんが食ってる間だけ、rinのコメントは絶対に流れないんだよなあ》
《おい、やめろ。詮索は飯が不味くなる》
《白瀬こはく:何も見てません! 私は何も見てませんし、何も繋げてません!》
さて、何の話だか。
俺は鍋を磨くことにした。
看板を仕舞って、売上を数える。丼十四杯。深夜の路上にしては上々だ。
配信を切ろうとして、通知に気づいた。
配信アプリの業務依頼窓口。開業届のついでに開設だけして、一度も鳴ったことのなかった窓口だ。
【解体のご依頼:B級魔獣一体。資格上の問題はありません。ただし、登録業者には全件、断られました】
断られた? B級だぞ。
添付の写真を開いて、俺は三秒で理由を理解した。
B級魔獣・大鎧熊。図鑑の上なら、体長二メートル半の中堅どころ。
写真の個体は、横に停まった二トントラックより──二回り、でかかった。
「……規格外、ってやつか」
十年捌いてきて、初めて見るサイズだった。
困ったことに、腕が鳴っている。




