↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クビになった解体屋のおっさん、深夜のS級素材解体配信が人類最強に見つかる 〜まかない飯を出してたら、俺を切った大手クランが勝手に曇っていく〜  作者: さくらろ
第二部 世界同時大解体

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/76

第74話 一周年感謝祭


 一周年ってのは、暦の上じゃただの三百六十五日目だ。うちにとっては、開店以来の大仕事の日でもある。


 朝から市場を三往復した。帳面の仕入れの桁は、去年の初日の十倍を超えた。同接三人の店の仕入れじゃない。世界中の腹ペコどもの分だ。


 貼り紙は一枚だけにした。


『本日、一周年感謝祭。丼は全品、祭り価格。新店則は平常どおり』


 手伝いは断った。断ったのに、昼前から勝手に増えた。


 リンは仕込み台の隣で、黙々と根菜の皮を剥いている。ガルシアは寸胴を三つ、片腕で運んだ。こはくは店の表で、カメラの位置に一時間悩んでいる。


「大将! 今夜は歴史に残る夜なので、画角もガチで歴史仕様です!」


「うちの画角は湯気が主役だ。人間は添え物でいい」


 夕方には、行列が防波堤の先まで伸びた。開店以来の最長記録だ。並んでる顔ぶれの物騒さも、たぶん世界記録だった。


 竜宮の船で四杯食ってた槍の姉さんがいる。その後ろは氷の爺さんだ。護衛だか客だか分からん連中が、行儀よく最後尾の札を回してる。


 零時。灯りを入れた。


 赤いランプが点いて、こはくが息を吸った。


「――まかべ食堂、一周年感謝祭。開店です!」


《おめでとおおおお》

《一年前、ここに三人しかいなかった事実》

《古参ぶっていいのは大将と俺とあと一人だけ》

《世界から来ました》


 弾幕は初手から祭りだった。同接の桁は、見ないことにした。数えると手が止まる。


 丼を出す。空く。また出す。


 いつもの仕事を、いつもの倍の速さで回す。隣でリンが盛り付けを受け持って、ガルシアが空いた丼を下げていく。役割を決めた覚えはないんだが、店ってのは一年も回すと勝手に段取りが育つらしい。


 葛城さんは列に並んで、食券の順番どおりに入ってきた。


「来賓席をご用意しましょうかと部下が申しまして。断っておきました。……前例がありませんので、客として参りました」


「いい判断だ。うちに、来賓席の前例はない」


 役人の物差しも、たまには使いようだ。


 鳴海は従業員三人を連れて来た。四人とも作業着で、手土産は熨斗つきの砥石だった。


「開店祝いのお返しです。それと――閉店後に、店の包丁を研がせてください。四人がかりなら、朝までに終わります」


「勘定は」


「一周年のご祝儀です。それと――授業料の、残りです」


 律儀な男の祝儀は、現金より重くて使い勝手がいい。ありがたく受け取ることにした。


 ミルズは列の真ん中あたりから現れた。並んだらしい。五十二の世界的経営者が、折り畳み椅子もなしで二時間。


「本日は一点。全て決定事項だ」


「注文がか」


「並盛りを一杯。審査ではない。……客だ」


 数値の王様は、今夜は数字を一つも連れてこなかった。丼が空いて、男は短く言った。


「――再現不能、と記録しておく」


「機械が気の毒だ。やめてやってくれ」


 宴の途中で、こはくが画面を切り替えた。


「ここで、欧州から中継です!」


 モニターに、石造りの研ぎ場が映った。向こうは朝の色だ。時差の先で、うちの元・居候がエプロン姿で手を振っている。


『ししょう! 皆さん! 一周年、おめでとうございます!』


「工房はどうだ」


『屋根を直しました。研ぎ場には毎日水を流しています。……五人のうち二人から、戻るという返事をいただきました』


「順番が正しいな」


『はい。看板は、まだ先です!』


 画面の端に、古い包丁と新しい包丁が並んで掛かっていた。荷物一本分の重さは、ちゃんと向こうで働いてるらしい。


《リズちゃん立派になって……》

《研ぎ場に朝日はずるいだろ》

《帳面の九人目、続きを書いてるぞ》


 そして夜のピークに、あれが始まった。


 カウンターの端と端。リンとガルシアの前に、同時に大盛りが置かれる。新店則――完食が続く限り、青天井。世界一位と序列一位が、無言で箸を取った。


《始まった》

《世界大戦だ》

《審判は新店則》


 三杯目まで互角。四杯目で岩の箸が一拍遅れた。五杯目の湯気の向こうで、リンは涼しい顔をしていた。


「マイリマシタ。リン、ベツバラ、ドコデスカ」


「……企業秘密」


 勝負の後の丼は、二人とも一粒残らず空だった。店則ってのは、守られてるときが一番美しい。


 宴が頂点に来た。


 こはくがカメラの前で、音頭の段取りを仕切り出す。


「同接三人から始まった店の、一周年です! 乾杯の発声は――もちろん大将!」


 押し出される形で、カメラの前に立たされた。柄じゃないが、今夜ばかりは逃げ場もない。


 息を吸ったところで、隣に気配が立った。


 リンだった。カウンターの内側。俺の隣。盛り付けの流れのまま、当たり前の顔でそこにいる。


 一年前、この線の内側は俺一人の持ち場だった。線を回り込んだのは俺が先だが――向こうは、もっと自然に越えてきた。


「……乾杯は、二人でやるもの」


「誰が決めた」


「……今、私が」


 弾幕が沸騰した。


《隣ーーーー!》

《公式が公式の位置にいる》

《一年でここまで来たか……》

《早く乾杯してくれ。目に汗かいてる》


 丼の代わりに、湯呑みを掲げた。


「――一周年だ。今日まで通ってくれた腹ペコども全員と、うちの丼になってくれた素材の全部に」


「……乾杯」


 店の中と画面の向こうと、時差の先が同時に鳴った。


 シャッター音と歓声と、丼の音が重なる。うちの一年分が、ぜんぶ一晩に詰まったような音だった。


 宴が引けたのは、夜明け前だった。


 鳴海たちは研ぎ場を借りて、もう水音を立てている。ガルシアは椅子を積み、葛城さんは会計の列に最後まで並んでいた。リンは湯呑みを二つ洗い、並べて伏せた。


 こはくが、カメラの赤いランプを落とした。


 落としてから、こっちへ来た。今夜一番の、仕事の顔だった。発掘者ってのは、獲物を見つけた日にこういう目をする。


「大将、リンさん。……最後に、二人だけの取材をさせてください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。