第65話 店があるんで
質問ってのは、注文に似てる。
受けられる分だけ受ける。無理な注文は、最初に断る。それが店側の礼儀ってもんだ。埠頭は俺の店じゃないんだが、列の作法ってのは世界共通らしい。
タラップを降りた足が地面に着くより早く、マイクが三本伸びてきた。
「世界を救ったお気持ちを!」
「英雄のお姿を一目見ようと、全国から――」
「国民栄誉賞の検討が報じられていますが!」
三口同時の注文は受けない主義でね。俺は一番手前のマイクに言った。
「並んでくれ。列は一列。割り込みは出禁だ」
報道ってのは行儀のいい客じゃない。だが、人類最強が横に立ってる列は別だ。世界で一番、行儀のいい列になった。
ガルシアは飛行機の時間まで暇だとかで、勝手に列の整理を始めた。手つきが完全に常連のそれだ。
「最後尾、ココ」
「輸出するなよ、うちの文化を」
一問目。世界を救った感想は。
「長い出張の感想なら、ある。タレの継ぎ足しが心配だった」
二問目。英雄と呼ばれることについて。
「うちの看板は英雄食堂じゃなく、まかべ食堂だ。看板の掛け替えはしない主義でね」
三問目。各国政府からの招聘、世界解体師連盟の初代会長職、大学の教授職への就任要請について。
「店があるんで」
「……以上ですか」
「以上だ。それより強い理由が、この世にあるか」
四問目。国民栄誉賞を受ける意思は。
「授賞式ってのは、何時からやるんだ」
「じゅ、十四時の予定かと……」
「仕込みの時間だ。なら無理だな」
マイクの林が、ざわっと揺れた。丼は待ってくれるが、出汁は待ってくれない。断りの理由なんてのは、それで十分だろ。
五問目のマイクは、俺の隣に向いた。
「天宮選手! 真壁さんとのご関係は!」
リンが、石になった。
手すりもないのに、指が折られていく。一本。二本。三本目で固まった。
「はいはーい! その質問は取材申請フォームからです! 番号札制、現在五百二十件待ちです!」
こはくが体ごと割り込んで、カメラの前で両手を広げた。発掘者ってのは、こういうときだけ機材より速く動く。
リンは列の警備に戻った。戻ったが、耳がまだ赤い。護衛対象は俺のはずなんだが、今日は誰が誰を守ってるんだか分からん並びだった。
質問の列の向こうから、聞き慣れた声が飛んだ。
「大将ー! 豚汁はいつからだ!」
夜勤明けの男だ。制帽のタクシー運転手も、いる。
「明後日の零時! いつもの場所だ!」
報道陣が一斉に振り返って、行列の古株たちを撮り始めた。取材の作法までうちの流儀が輸出されていく。世も末だ。
*
店の定位置に戻って、最初にやったのは貼り紙を剥がすことだった。
『臨時休業。行き先、南の海。帰りは必ず』
周りの書き込みで、元の字がもう読めない。一番太い「腹減らして待ってる」の隣に、几帳面な字の追記があった。――まだ減らしてる。根性なのか学習能力の欠如なのか、判断に迷うところだ。
剥がした紙は捨てずに、道具箱の底へ。代わりの一枚を貼る。
『明後日零時、再開。豚汁あります』
三十秒後には、その貼り紙が撮影されてた。うちの品書きが、ニュースになるらしい。
仕込みは、その足で始めた。リズが袖をまくって隣に立つ。弟子の初仕事は、陸に着いた日の仕込みからと決めてある。
「ししょう。この骨は、どこまで挽きますか」
「白く濁る手前まで。手が覚えるまで、鍋の前を離れるな」
「はい。一歩も引きません」
寸胴が湯気を上げ始めると、トラックの周りに人だかりができた。営業は明後日だと言ってるのに、匂いだけで列ができかける。うちの客は、鼻で開店を判断するのをやめてほしい。
そこへ、紙袋を三つ抱えた男が現れた。葛城さんだ。潮焼けの上に、陸の疲れを上塗りした顔をしてる。
「整理して参りました。右から、勲章と表彰。真ん中が名誉市民と各種式典。左が……パレードです」
「パレードは断ってくれ。道が塞がると、常連が並べない」
「でしょうね。お断りの理由まで、先回りで書いてあります」
「勲章も駄目だ。前掛けに穴を開けたくない」
「銅像の話も、また来ていますが」
「やめさせろ。前にも言ったろ、客が来づらくなる」
「今回の私の仕事は、受ける交渉ではなく断る手続きの束です。断る書類のほうが厚いのは、公務員人生で初めてですよ」
紙袋の隙間から、副賞の目録が覗いてた。ゼロを数えた。今回は最後まで数えられた。俺も成長したもんだ。
「断ったら、この金はどこへ行く」
「国庫に戻りますが」
「なら、解体師の育成に回すよう言っといてくれ。竜宮で人手不足は骨身に染みたんでね」
葛城さんが、手帳を出した。
「その一言、上に持っていきます。多分、通ります。……あなたの発言は最近、法案より足が速いので」
役人ってのは、鍛えると育つ。
*
その夜は、久しぶりに陸から配信を開けた。
【おっさんの解体キッチン:同接310,000】
桁は竜宮の前からおかしいままだ。数えるのはやめた。
「例の表彰の話な。全部、断った」
鍋を混ぜながら言った。手を止めてまで言う話でもない。
《知ってた》
《知ってた》
《受ける可能性を議論してた検証班、正座》
《「店があるんで」はもう国民的定型文》
《授賞式より仕込みの男》
《担当のお役人の胃に、今夜も黙祷》
《それでこそ店主》
世間の学習速度ってのは、たいしたもんだ。前は「断るのかよ」で祭りだったのに。
「あと、これは読んどく。――『ぼくも解体師になります。竜宮の中継、ぜんぶ見ました』。……前に手紙をくれた坊主だ。返事は書く。宛先は控えてある」
《教育番組かよ》
《いい話にすんな。深夜だぞ、泣くだろ》
こはくから着信。出た瞬間、大音量。
『まかべさん! トレンド一位「店があるんで」です! 二位「明後日零時」です! 開店告知がトレンド入りする飯屋、ガチで世界初だと思います!』
「そいつは何よりだ。……並びきれるのか、あれ」
『それは明後日のまかべさんの問題です!』
カウンターの端では、リンが試作の丼を空けていた。
「味は」
「……美味い」
「なら明後日も出せるな」
「……ん。明後日。いつもの時間に、行く」
膝の上で、指が二本折られた。三本目で、止まった。
箸を置く手つきが、やけに丁寧だった。いつもの注文のはずが、予約の念押しみたいに聞こえる。まあいい。常連の席ってのは、取っておく主義だ。
*
配信を落とした後で、葛城さんが一人で戻ってきた。
紙袋は、もう持っていない。代わりに、分厚い冊子が一冊だけ。
「これだけは、断れない類のものです」
表紙に『竜宮・事後調査報告』とある。役所の紙にしては、綴じ方が重かった。
湯呑みを出したが、葛城さんは手をつけなかった。この人が茶を断るのは、初めて見た。
「表彰は断れます。式典も断れます。ですが――これは、あなたに読む権利と、知る筋合いのあるものなので」
定型文で喋る男の声から、定型文が抜けていた。
葛城さんは付箋の頁を開いて、カウンターに置いた。
「『原因』の項だけ、先にお読みください」
見出しは、二文字だった。
――人災。




