第62話 ミルズの会見
祭りは二巡目の途中で、モニターの前に鞍替えした。
甲板の大型画面に、マイクの林が映ってる。オムニ・マテリアルズ本社の大会議場だ。着陸した足でそのまま組んだにしては、立派な設営だった。段取りの早さだけなら、うちの仕込みといい勝負だ。
寸胴の火は落とさない。世界がどう転がろうと、腹は減る。
「大将、始まります! 全世界同時です! ミラーも全部拾ってます!」
こはくの声で、賄いの行列がそのまま観客席になった。丼を抱えた十七言語が、同じ画面を見上げてる。
壇上に、断定形の男が上がった。
ネクタイは締め直してある。だが袖口に、うちの出汁の染みが小さく残ってた。よく見なきゃ分からない。俺は商売柄、よく見ちまう性分でね。
「本日は三点。全て決定事項だ」
前置きなし。挨拶なし。会見というより、発注書の読み上げだった。
「第一。竜宮で沈黙した三十八基の全ログと、切除作戦の全工程記録を無償公開する。データは嘘をつかない。隠せば、嘘になる」
会場がざわついた。自分とこの負けの記録を、自分から棚に並べる話だ。
「第二。当社の全事業を、人間と機械の併用体制へ転換する。機械は運搬・固定・危険域へ。刃は、人間へ返す。……この二十年で当社が契約を切った解体師は、把握分で四万二千名。全員に、再雇用の案内を出す」
行列のどこかで、丼が鳴った。落としかけたらしい。北の親方だった。
《四万二千……》
《うちの親父、切られた側だ》
《求人票が、帰ってくる》
ガルシアの盆が、宙で止まってた。
「サイコヨウ……ナカマ、フエル」
「ああ。列が伸びるぞ」
「第三」
男はそこで、初めて手元の紙を見た。読むためじゃない。置くためだ。紙を伏せて、男は素手で続けた。
「二十年間、私は言い続けた。職人は誤差だ、と」
甲板が静かになった。湯気の音まで聞こえる。
「訂正する。誤差だったのは、私の物差しのほうだ。……測れないものを、無いものとして切った。切られた側の帳面に、私の名前で赤字をつけた」
男が、頭を下げた。
深くはない。角度で言えば十五度ってとこだ。だがあの断定形が、断定を折った。それで十分だった。会場のシャッター音が、雨みたいに降った。
リズは、行列の端で帳面を抱えていた。
九代の帳面だ。潰された工房の名前も、あの中に書いてある。娘は画面を見たまま、表紙を撫でる指だけ動かしてた。
「ししょう。……あの人は、いつか一枚、剥げるでしょうか」
「三十年寝かせた腕だ。研ぎ直しゃ、目は覚める」
「……でしたら、貸しは仕事で返してもらいます」
九代目は帳面を閉じて、それきり画面から目を離さなかった。貸し借りの畳み方まで職人仕込みらしい。
質疑応答は、荒れた。
『再雇用の原資は! 株主への説明は!』
「説明は済んだ。会見開始からの株価を見たまえ」
画面の隅で、折れ線が崖を逆に登ってた。
葛城さんが端末を三度見して、役人の顔で呟いた。
「謝罪会見で株価が上がった前例は……ありません、でした。たったいま、できました」
『職人部門の責任者は誰が務めるんですか』
「適任の目星はある。ただし、まだ修行中だ」
男は右手を軽く開いて、閉じた。画面越しじゃ、付け根の古傷までは映らない。映らなくていい傷ってのも、あるんだろう。
最後の記者が、いちばん雑な質問をした。
『ミルズCEO! あなたを変えたのは、何ですか』
男は初めて、答えを二秒待たせた。
「質問が違う。『何』ではなく――『誰』だ」
フラッシュが、一斉に止んだ気がした。
「私に職人の心を教えたのは、深夜の飯屋の店主だ」
甲板の全員が、一斉にこっちを向いた。
やめてほしい。俺は寸胴をかき回してただけだ。
《言ったーーー!》
《世界に向けて出前指名》
《ざまぁのはずが、なんか泣けてきた》
《肉の神父、ついに大企業を伝道》
《飯屋の店主って誰?→世界「全員知ってる」》
「……人の店を、勝手に教材に使うな」
玉杓子で画面に文句をつけても、届きゃしない。授業料なら丼一杯で前払い済みだと、言ったはずなんだがな。
隣で鳴海が、徹夜明けの掠れた声で言った。
「頭の下げ方なら……私のほうが、少しばかり先輩なんですがね」
「弟子の口をきくには、あんたはまだ列の整理が残ってる」
「――は。持ち場に戻ります」
慇懃な男は、心なしか軽い足で行列へ戻っていった。切った側が二人とも列に並ぶ店なんて、世界にうちだけでいい。
リンが、丼を置いてぽつりと言った。
「……あの人、また来る」
「だろうな。今度は看板の灯りがついてる時間にな」
「……並ばせる」
「そうしてくれ。うちは一見も常連も、列は一本だ」
会見が終わって、祭りが三巡目に戻りかけた。
そのとき、こはくの中継卓から電子音が鳴り出した。一つじゃない。連打だった。
「大将! や、やばいです! 取材申請です! 会見が終わった瞬間から、世界中の局が――もう三百件超えてます! 全部、うちの店宛てです!」
「断っといてくれ。うちの取材窓口は暖簾だけだ」
「暖簾、しゃべりませんよ!?」
画面の向こうでは、断定形の男が壇を降りていく。その背中は、来たときの喪服より二回りは軽く見えた。
代わりにこっちの店先へ、世界中のマイクの林が引っ越してくるらしい。
――腹ペコの列の後ろに、今度は質問の列ができる番だった。




