表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クビになった解体屋のおっさん、深夜のS級素材解体配信が人類最強に見つかる 〜まかない飯を出してたら、俺を切った大手クランが勝手に曇っていく〜  作者: さくらろ
第二部 世界同時大解体

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/56

第54話 手で払いに来ました


 揉め事ってのは、たいてい書類から始まって空から来る。


 名簿の最後の一件は、朝の作戦室を三十分で満員にした。各国の回線が、同じ質問を言い方だけ変えて繰り返す。受理か。却下か。売名か、偵察か。


「受理の前例が……いえ、そもそも前例という言葉が追いつきません」


 葛城さんは湯で溶く型の胃薬を、朝から二包目に進めていた。


「応募用紙に、社名の欄は作ってませんよ。あるのは腕と、頭の下げ方の欄だけだ」


「その腕の欄が『ブランク三十年』なのですが」


「なら他の二万人と同じだ。実技で見る」


 結論が出るのと、甲板が騒がしくなるのは、ほぼ同時だった。


 聞き慣れない回転翼の音が近づいてくる。白い機体だ。腹には、世界中の解体師が見飽きた社章が入っている。


「大将! オムニ社です! ミラーの同接、ガチで跳ねてます! 鯖、持ちこたえて……!」


 こはくの悲鳴より先に、弾幕が沸いた。


《来やがった》

《宣戦布告か?》

《百基押し付けに来たんだろ》

《株価、また崖です》

《大将、逃げて》


 速報の見出しは出揃ってた。『オムニ社CEO、国際調査団へ』。憶測の欄だけが、百通りあった。


 ヘリから降りたのは、二人だけだった。秘書がひとり。仕立てのいいコートの男が、ひとり。


 機械は一基も降りてこなかった。代わりに男の肩には、使い込んだ帆布の刃物袋が提がっている。


 リンが、俺の斜め前に半歩出た。丼の恩は忘れない娘だが、あの夜の客の顔も忘れてない。


 ミルズは甲板を見渡した。白い機械の置き場でも探すのかと思ったら、違った。


 選抜第一陣の、乗船手続きの列。世界中の港から着いたばかりの、包丁袋の行列だ。その最後尾に、時価総額で国が買える男が黙って並んだ。


《並んだ》

《嘘だろ、並んだぞ》

《CEOが並ぶな》


「レツ、ナラブ。オマエ、サイゴ」

「承知した。最後尾は、初めてだ」


 列の整理はガルシアの持ち場だ。岩男は相手の時価総額を知らないのか、知ってて言ってるのか。たぶん後者だ。


 列の途中で、空気が一度だけ張った。


 ミルズの前に立っていたのは、南の島の年配だった。応募動画で見た顔だ。工房の看板を下ろす場面から、動画が始まる男だった。


 振り返った男と、機械の王の目が合った。


 誰も、何も言わなかった。男は前へ向き直って、一歩ぶん列を詰めた。ミルズも一歩、詰めた。


 言葉より先に払うもんがある。それを知ってる列だった。


 受付の台には、鳴海がいた。


 人を数字で切ってきた男が、世界で一番多く人を切った男の書類を検める。俺が組んだ配置じゃないが、悪くない配置だった。


「……職歴の欄に、不備があります」

「どこかね」

「『元・技師』。社名がありません」

「書けば、審査に色がつく。君の目の邪魔になる」


 鳴海は書類の角を指で揃えた。癖の途中で、手が一度だけ止まった。


「――書類は通します。実技を受けていただきます。試験官は」


「俺だな」


 台は厨房の脇に据えた。載せたのは賄い用の海獣の半身。冷凍の甘い、機嫌の難しいやつだ。


 実技の前に、刃だけ検分させてもらった。古い刃だ。柄の材だけで年代が知れる。だが錆はひとつも浮いてない。刃線にも、狂いがない。


「研ぎは」

「毎晩だ。……この三十年、会議より欠かさなかった」


 仕舞った男の刃じゃない。仕舞いきれなかった男の刃だ。


 隣で、リズが小さく息を詰めた。


「……生きています、あの刃。仕舞われて三十年、砥がれ続けた刃です」


 声が低い。当然だろう。あの男の白い機械は、この娘の一族の工房を潰した側だ。それでも職人の目は、刃の状態に嘘がつけない。検分係への格上げを、俺は心の帳面にメモした。


 リンは検分の間、ミルズの三歩後ろから動かなかった。護衛の職分らしい。守られてるのが俺なのか素材なのかは、聞かないでおく。


「好きに扱ってくれ。時間は三十分」


「結構」


 ミルズは素材の前に立ち、まず手のひらを置いた。


 一秒。二秒。……四秒。


 どこかで見た間の取り方だった。うちの配信の、いちばん古い夜あたりのやつだ。


 ……包丁はスキャンできない、って話は前にした。スキャンの次は自前の手ときたか。豪気なもんだ。


 刃が入る。


 遅い。関節が、手順を思い出しながら動いてる。面も粗い。等級なら二等の下ってところだ。右手の付け根の古傷が、灯りの下で白く見えた。


 ただ、手のひらを置く長さだけは毎回違った。誰かの平均値じゃなく、目の前の一枚に合わせてる間だ。三十年前の指が、思い出しながら追いついてくる。見てて退屈しない手だった。


 三十分の半ばで、男の手が止まった。


 左腹の、色の変わり際だ。刃が進みかけて、止まる。ミルズは長いこと黙った。


「――ここから先は、切れば崩れる」


「理由は」


「説明できない。データがない。……ないが、崩れる」


「なら、どうする」


「切らない。以上だ」


 空調の音だけが残った。数字の男が、数字の外の答えを口に出すまでの三十年を、誰も邪魔しなかった。


 俺は札の代わりに、寸胴の火を入れた。


「合格。配属は追って決める」


 弾幕が雪崩れた。


《受かった》

《二等の下で受かるCEO》

《大将の基準、ほんとに一個なんだな》

《先週まで敵だったやつが今日から同僚なの、うちの業界どうなってんだ》


「大将! いまの『合格』、切り抜きが三十秒で世界一周しました! ガチで史上最速です!」


 受付台を畳みながら、鳴海が手を止めずに言った。


「……詫びというものは。口ではなく、手で払いに来るものだと――私は、この船で教わりました」


「誰の話だ」


「さあ。名簿の、最後の一件の話です」


 角の揃った書類が、箱の一番上に載った。


 夜、店を開けた。


 列の後ろのほうに、コートを脱いだミルズが並んでいた。


 丼を置くとき、手前で一拍だけ湯気を待たせた。あの夜と同じ出し方だ。


「提供温度は」

「測るだけ野暮ってもんですよ」


 男は答えの代わりに箸を取った。空になるまで、数字の話はひとつも出なかった。食い方の行儀は、億の商談より丁寧だった。


《CEOが無言で完食してる》

《うちの会社もこの船で面接してくれ》


 リンが俺の袖を引いた。


「……あの人にも、出すの」

「並んだ客には出す。うちはそういう店だ」

「……ん」


 閉店間際、カウンターには男がひとりだけ残った。


 秘書が端末を開いて、次の予定を尋ねる。ミルズは首を振った。


「空けてある。深夜零時からは、そのために空けた」


 空の丼が下げられて、男は背筋を立て直した。応募者の顔が、そこで終わる。世界で一番多く機械を持つ男の顔が、湯気の向こうに戻ってきた。


「真壁巧。ここからは、オムニ・マテリアルズのCEOとして話したい」


「閉店後なら、店主も暇ですよ」


「――取引を、持ってきた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
取引を持ってきたではなくテメェの瑕疵を押し付けにきただろうが
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ