第43話 機械はいい道具だ
出港まで、あと三日。俺の予定表には「積み込みの仕込み」としか書いてなかったはずだ。
なのに今、俺は港の特設会場にいる。壇上には白い機械が一台。善意の百基の先行一号機、オート・カーヴァーだそうだ。
朝、葛城さんに拝み倒された。
「オムニ社の性能実証デモです。調査団側の立ち会いがないと、形になりません」
「形って、誰のです」
「世論の、です」
役人の日本語は、たまに詩人より難しい。要するに百基発表からこっち、世間の風向きは「人間は要るのか」に傾いてる。その答え合わせに、世界中の目がこの港へ集まったわけだ。
会場は満員だった。報道陣に市場関係者。見学席には選抜合格の二十人も並んでる。こはくの三脚は、今日も公式中継の腕章つきだ。
《ついに直接対決?》
《大将、受けて立つの?》
《やめとけ。相手は寝ない機械だぞ》
対決した覚えはないんだがな。喧嘩を売られた覚えなら、丼一杯分だけあるが。
定刻。ミルズが壇に上がった。うちのカウンターで丼を食ってた男と同じ顔で、別の生き物みたいに喋る。
「本日は提供に先立ち、性能をご覧いただく。データは嘘をつかない」
台に雷角牛が上がった。うちの店の三日分はある大物だ。
白い腕が、動いた。
速い。
刃が肉に入る音より、換気扇の音のほうがうるさいくらいだ。皮が剥がれる。骨が外れる。等間隔のブロックがベルトへ流れていく。
七分十二秒。一頭が、素材の山になった。
会場がどよめいた。正直、見事なもんだ。同じ量をうちでやれば、どう急いでも一時間はかかる。腕ってのは素直に褒めるに限る。相手が鉄でもだ。
「刃入れ誤差〇・〇二パーセント。教育は一晩で済み、彼は眠らず、賃上げも求めない」
拍手とフラッシュ。ミルズは一度もこっちを見ない。見ないってのは、意識してるってことだ。
で、嫌な予感ってのは当たる。進行役がマイクを握って、客席へ降りてきた。
「会場には国内選抜の試験官、真壁巧氏がお見えです! ぜひ同条件で一頭、速度の比較を!」
会場の目が、一斉にこっちを向いた。
《きた》
《受けろとは言えない……相手が悪すぎる》
《断ったら断ったで「職人逃亡」って見出しになるやつだ》
見学席の端で、リンのフードがこっちを向いた。受けるの、と聞いてる目だ。その隣の鳴海は、白い腕から目を離さずにいた。数字で人を切った男が、数字の塊を見てる。何を考えてるかは、聞かないでおく。
俺は立ち上がった。歓声が湧く。壇に上がって、マイクは断った。二頭目の台の前は――素通りした。
向かった先は、ベルトの上の素材の山だ。
「これ、一本借りても」
ミルズが答えるより先に、進行役が二度頷いた。
ロースの一等地を、灯りに透かす。ああ、やっぱりな。
切り口は鏡みたいに綺麗だ。だがその一枚下に、細い曇りが走ってる。刃が速すぎて、繊維が潰れた痕だ。透かさなきゃ、まず分からない。だが竜宮なら、ここから崩れる。
素材が泣いてる。
俺は前掛けを締めて、包丁を出した。説明はしなかった。口より手のほうが早い。
潰れた層を、髪の毛ほどの厚みで外していく。急がない。刃の重さだけで滑らせて、素材の機嫌に合わせて待つ。深夜の店でやってることと、何も変わらない。
ざわめきが、少しずつ薄くなっていった。潮の音と、刃の音だけが残る。
「……面が、割れていたのです。切り口の一枚下で」
こはくのマイクが、見学席のリズの呟きを拾った。
「機械の傷を、剥ぎ直しています。あれは……素材を、生き返らせているのです」
《生き返らせる?》
《てか会場、いつの間にか無音なんだが》
《わかる。深夜の配信と同じ空気だ》
三十分。剥ぎ直したブロックを、市場から来た等級員の台に置いた。
「判定を頼みます。ついでに、山のほうも」
等級員は二度測り直してから、マイクの前で咳払いをした。
「機械加工品、二等。……剥ぎ直し後――特等」
会場が、今日一番ざわついた。
《は? 等級が上がった?》
《てことは7分の山、全部二等ってこと?》
《速いけど傷モノって、竜宮じゃ致命傷では》
最前列で市場関係者の電卓が鳴りはじめた。隣で葛城さんが、静かに胃薬の封を切る。今日のはたぶん、安堵のほうの一包だ。
「大将! 今の切り抜いていいですか! タイトルは『修復解体』で!」
「好きにしろ。飯時までには帰るぞ」
別に、機械に恥をかかせたかったわけじゃない。素材が泣いてたから、黙らせただけだ。
ミルズが壇を降りて、まっすぐ来た。
「速度では、当社の勝ちだ」
「競ってませんよ」
「では、なぜ壇に上がった」
「泣いてる素材を見過ごせない性分でね」
ミルズの指が、端末の縁を叩いた。二度。店の夜より、一度多い。
「……歩留まり九十七。切除損の三を引いても、等級が二つ上がる。総価値の逆転。なぜだ。手順に瑕疵はなかった」
「瑕疵なんてないですよ。あの子はいい仕事をした」
「あの子?」
「おたくの機械です」
俺は白い腕を顎で指した。
「機械はいい道具ですよ。うちの冷蔵庫も機械だ。あいつが止まったら、店は一晩で潰れる」
「……道具」
「道具の仕事は、使う側の目で決まる。それだけの話です」
ミルズは何も言わなかった。壇上の顔のまま一礼して、背を向けた。歩き出す寸前、その視線が一瞬だけ俺の手元の包丁に落ちたのを、俺は見なかったことにした。
背中に拍手はなく、代わりに報道陣が雪崩を打った。明日の見出しは知らん。俺は前掛けを外して仕込みに帰った。丼の仕込みと、船の仕込み。どっちも待ってくれない。
――同じ夜。
港を見下ろすホテルの最上階に、灯りがひとつ残っていた。
ヴィクター・ミルズは、届いたままの報告書の山を開いていない。デモの解析データも、広報の想定問答も、開いていない。
卓上の端末には、動画の再生リストが並んでいた。『おっさんの解体キッチン』。全アーカイブ、時系列順。
指が、一番古い一本を選ぶ。画質の粗い、深夜のキッチン。画面の隅の同時視聴者数は――3。
男は音量を上げて、最初から順に、再生を始めた。




