第33話 ヴァンガード、解散
解体ってのは、死んだもん相手の仕事だ。
生きてるやつに刃を入れるのは、解体とは呼ばない。
──だが組織ってやつは、ときどき、生きたまま自分で自分を捌き始める。
その報せは、復活配信から数日後、仕込み配信の最中に来た。
こはくがスマホを握って、転がるように駐車場へ入ってきた。
「まかべさん! ニュース! ヴァンガード、解散だそうです!」
手元の桂剥きは、止めなかった。
「臨時の記者会見やってて──『胃袋』の件の損害と、スポンサー全社の撤退で、負債整理と隊員の移籍斡旋に入るって。それで、あの」
こはくが、画面と俺を見比べた。
「……『一連の経営判断の責任は、すべて私一人にあります』って。鳴海さんが、頭下げてます。今、生中継で」
大根が、ちょうど一周剥き終わった。
「そうか」
「……それだけですか!?」
「でかい鍋でも、空けると決めれば一晩だ。──それに、空けた鍋は、洗えばまた使える」
《ヴァンガード解散、マジか》
《十年前は子供の憧れだったクランだぞ……》
《ざまぁ……と言いたいとこだが、なんか笑えねえな》
《大将の中じゃ、とっくに終わってる話だしな》
弾幕も、今夜は妙に静かだった。
ざまぁってのは、揚げ物に似てる。
揚げたては美味いが、冷めてから食うもんじゃない。
それから十日ほど経った、雨の深夜だった。
看板の灯りを落としかけた店の前に、男が一人、立っていた。
スーツじゃなかった。
糊の取れていない真新しい作業着に、まだ硬い安全靴。左の袖口から、包帯が少し覗いていた。
「……まだ、やっていますか」
「客なら、誰でも歓迎の店だ」
鳴海蓮司は、傘を畳んで、一番端の席に座った。
注文を訊く前に、俺は寸胴の残りで賄いを一杯だけこしらえた。
雷鹿の筋の味噌炊きを、飯に掛けただけの丼だ。
「品書きには載ってない。賄いだが──それでいいか」
「……いただきます」
丼を待つ間、鳴海は箸袋の角を几帳面に揃えかけて──途中で、やめた。
「来週から、北の解体場に入ります。資格は、一番下から取り直します」
「ほう」
「向こうの親方には、経歴を全部話しました。『うちの倉庫は地下二階じゃない、吹きさらしだ』と言われました」
「いい親方だ」
「真壁さん。私は、あなたに──」
「鳴海さん」
俺はお玉を置いて、丼をカウンターに滑らせた。
「客の身の上話は聞くが、丼が冷める話は聞かない主義でね。──まず、食いな」
鳴海は二秒黙って、それから箸を取った。
食い方は、不器用だった。
会食の食い方しか知らない箸だ。湯気の立つもんを、湯気のあるうちに食ってこなかった箸だった。
それでも一口ごとに、肩から角が取れていくのが分かった。
丼の底が見えた頃、鳴海は箸を置いて、長い息をひとつ吐いた。
「……美味いです」
語尾が、少しだけ煮崩れていた。
「うちは、それしか聞かない店だ」
帰り際、俺は研ぎ場の棚から砥石をひとつ、布に包んで放った。
慌てて受け取った手つきは、剣士の反射だった。──まだ、腐っちゃいない。
「使い込んだやつで悪いが、餞別だ。北じゃ、最初の一年は研ぎしかやらせてもらえんぞ」
「……知っています。調べました」
「なら話が早い。八割で研げ。十割の研ぎは、ここ一番まで取っとくもんだ」
「……はい」
作業着の胸ポケットに、色の浅くなった写真らしき角が差してあったが──何かは、訊かないでおいた。
鳴海は砥石を両手で抱え直して、雨の中で頭を下げた。
深く、長く。
十五分の面談の日より、復帰要請の日より、ずっと長かった。
詫びの言葉は、今夜も出なかった。
──たぶん、あの男はもう知ってるんだ。
詫びってのは口で払うもんじゃなく、これから先の十年、研ぎ場で払っていくもんだってことを。
「……ごちそうさまでした」
それだけ言って、男は雨の向こうに消えた。
リンが、空になった丼を黙って下げた。
「……最後のほう、いい食べ方になってた」
「ほう」
「……ああいうのは、強くなる。たぶん」
序列一位の認定が出たなら、北の親方も楽ができるだろう。
入れ替わるみたいに、世界のほうが騒がしくなった。
翌日の夕方、開店前の駐車場に、葛城が両手に紙袋を提げて現れた。
「……先日の事後処理とは、別件です」
袋の中身は、封筒の束だった。
見慣れない紋章。航空便の判。読めない文字の宛名書き。
「各国政府、国際機関、海外の大手クラン、放送局──あなた宛の正式な接触依頼が、外務省経由だけで、今朝までに四百件を超えました」
「四百」
「非公式の経路を足した数は、数えるのをやめました。……それで、どうされますか」
俺は看板の灯りを入れながら答えた。
「どうもこうも。今夜も零時に、開店だ」
「でしょうね……!」
役人の胃の鳴る音は、さすがに海の向こうまでは届かない。
──世界中が、深夜のフードトラックの灯りに、並ぶ順番を探し始めていた。




