第26話 非戦闘職の歩き方
歩き方ってのは、職業が出る。
板前は厨房で床を擦らないし、運送屋は曲がり角で膨らまない。
──解体屋はどうかというと、死んだものの居場所に、やたら鼻が利く。
午前九時。
人払いの済んだ地方都市のフェンスの内側で、「胃袋」の入り口は静かに口を開けていた。
ビルの谷間に空いた、地下街の入り口みたいな穴だ。
ただし、置き去りの装備が数日で溶けて消える地下街だが。
集合した混成チームは総勢二十四名。観測班、工兵、医療班、それに護衛小隊が八名。
護衛も観測班も最新の複合装甲で、俺だけが、いつもの作業着に前掛けだった。
「……真壁さん。支給の装備は」
「動きにくくてな。袖が刃に触る」
「せめて前掛けは」
「商売道具だ。十年分の験も担いである」
小隊長が何か言いかけて、隣のリンを見た。
護衛として合流したうちの弟子は、フードの代わりに軽鎧の正装で、こともなげに頷いた。
「……その格好が、一番強い」
「そういう話なんですか」
そういう話らしい。俺にも分からん。
出発前、地上の指揮車から葛城の声が通信に乗った。
「行程は予定通り、中層手前まで一日。各員、最優先は真壁さんの安全──」
「葛城。ひとつ頼みがある」
「……嫌な予感がしますが、どうぞ」
「先頭を歩かせてくれ」
通信が、二秒黙った。
小隊長は、もっと長く黙った。
入ってすぐ、空気が変わった。
湿って、ぬるくて、かすかに酸の匂いがする。
でかい生き物の腹の中ってのは、大体こんな匂いだ。解体場で十年嗅いできた、消化の匂い。
「胃袋、ね。名付けた奴は正直だ」
そして潜行一時間で、出発前の沈黙の意味は引っくり返った。
最初の分かれ道だった。
小隊長が地図端末を開くより先に、俺は左の道の壁を指でなぞった。
「こっちはやめたほうがいい」
「……理由を伺っても」
「壁の苔が、腰の高さだけ齧られてる。歯型は平たい。草食の大物だ。で、足元のこれは──」
拾い上げたのは、白く乾いた塊だった。
「糞だ。骨が混じってない。この先には、その大物を食う側がまだ入ってない。──縄張りの主が、無傷のまま居座ってる道ってことだ」
「……右は」
「爪痕が膝の高さまでしかない。小物の通り道だ。小物が安心して通る道は、でかいのの食堂から外れてる」
小隊長は地図端末としばらく睨み合い、それから静かに仕舞った。
「──右へ。隊列変更。先頭の判断は、真壁さんに預ける」
後ろの隊列で、囁きが流れた。
「……あれが特級解体師」「噂は聞いてたが」「噂より変だ」
聞こえてるんだがな。
そこから先は、似たような話の繰り返しだった。
天井から下がる粘液の糸を見て、止まる。
「罠だ。張った主は振動で来る。足音を半拍ずらして抜けるぞ」
やけに片付いた広間を見て、引き返す。
「綺麗すぎる。骨も装備も残ってないのは、ここの消化が早い証拠だ。長居する場所じゃない」
試しに工兵が古いボルトを床に置くと、十分で表面が白く曇った。
「な。胃液の濃い場所だ。飯と同じで、ダンジョンにも消化のいい場所と悪い場所がある。休憩は消化の悪い場所でとる」
医療班の若いのが、メモを取りながら呟いた。
「……戦わないのに、この人が一番ダンジョンに詳しい」
「そりゃそうだ」
俺は曲がり角の先の気配を確かめてから答えた。
「十年、ここから出てきたもんを毎日捌いてた。胃の中身を見りゃ、何をどこで食ってるかが分かる。食い方が分かりゃ、住み方も分かる。──あとは逆から辿るだけだ」
「それ、養成学校で教えてほしかったです」
「解体場なら、いつでも教えるよ。包丁は持参でな」
リンは、その間ずっと喋らなかった。
約束どおり、俺の周りの全部を見ていた。
一度だけ、暗がりの奥で何かが身じろぎした。
リンの手が柄にかかり──静かに、外れた。
「……寝てる。通る」
「飯の後か」
「……ん。腹の音が、しない」
護衛小隊が、また一段静かになった。
最強の判断基準も、どうやら腹らしい。うちの弟子で間違いない。
中層の手前、消化の悪い岩場で最初の野営になった。
工兵が携行食を配り始めたのを、俺は手で止めた。
「湯だけ借りる。──仕込みは持ってきた」
背負子から小ぶりの寸胴を下ろすと、観測班の目の色が変わった。
雷鹿の筋の味噌炊き、二十四人前。
店の寸胴は常連に空にしてもらったが、仕込みの後ろ半分は、最初からこの背負子のためだった。
「作戦行動中の調理は、規定では──」
小隊長は言いかけて、椀を受け取って、黙った。
三口目で、肩から力が抜けるのが分かった。
固い兵隊ってのも、役人と同じだ。時間をかけた出汁には、ちゃんと応える。
「……明日には中層です。ここからは魔獣の格が変わる。本職の出番ですよ」
「頼りにしてる。俺の仕事は、その先だ」
椀を返しに来たリンが、ふと顔を上げた。
俺の耳より、半秒早かった。
「──光」
通路の先、中層へ降りる大穴の暗がりで、信号弾がひとつ、ゆっくり滲んで消えた。
先行チームの所属を示す、緑がかった深い青。
──十年間、毎朝倉庫の搬入口で見上げてきた旗と、同じ色だった。




