表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クビになった解体屋のおっさん、深夜のS級素材解体配信が人類最強に見つかる 〜まかない飯を出してたら、俺を切った大手クランが勝手に曇っていく〜  作者: さくらろ
第一部 深夜のまかべ食堂

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/19

第15話 ヴァンガードの異変・三

遠征は、成功のはずだった。


大穴、中層二十六階。エース部隊三十六名、直率は鳴海蓮司。十日間の大規模討伐遠征。


戦果は、申し分なかった。


A級岩竜、二体。A級飛竜、一体。B級以下、九十七体。素材換算で、四半期分の赤字をひと月で埋める量だ。


量で殴る。それが鳴海の立てた挽回策だった。


解体の質が市場に疑われているなら、誰にも文句のつけようのない一級の素材を、市場が黙る量で流し込む。単価が三割下がっているなら、三割増しで獲ればいい。


それができる戦力が、ヴァンガードにはある。


少なくとも──戦力は。


最終日、二体目の岩竜を沈めたとき、部隊の若手が言った。


「やっぱり鳴海さんは別格っすよ。これで素材部門も一発逆転ですね」


「逆転ではありません。正常化です」


鳴海は剣の血を払って、そう答えた。


数字は戻す。役員会で、そう言った。


地上へ向かう輸送車列を見送ったとき、鳴海は確かに、勝った気でいた。


三日後。


検品報告書は、薄い紙のくせに、やけに持ち上げにくかった。


『遠征討伐分・受入検品結果。総数百体のうち、規格内五十一。等級降格もしくは廃棄、四十九』


半分だ。


半分が、倉庫に着くまでの間に、ただの肉と革の塊に変わっていた。


「輸送事故か」


「いえ。輸送は規定通りです。温度記録にも異常はありません」


報告に来た素材部門の主任は、そこで一度、言葉を選んだ。


「……現地の一次処理です。血抜きと、内臓の始末と、予冷。討伐から最初の三時間で、素材の持ちは決まるんだそうです。今回は獲物が多すぎて、処理が……追いつかなかったと」


「外注の現地処理班を同行させたはずだ」


「させました。一級資格者を、規定の倍。──ただ」


主任が、ファイルから古びた紙束のコピーを出した。


几帳面な、手書きの文字。


『遠征隊向け・一次処理手順。岩竜:討伐後ただちに頸の第二関節から血抜き。三十分以内』『飛竜:翼膜は付け根から三センチ上。逆撫で厳禁。吊るす前に必ず──』


獲物別。階層別。季節別。


めくっても、めくっても、終わらなかった。


その筆跡に、見覚えがあった。地下二階の、棚一段ぶんの申し送りと、同じ手だ。


「古参の搬入係が言うには……以前は遠征のたびに、その遠征の獲物に合わせた手順書が、荷に入っていたそうです。誰が頼んだわけでもなく。──書いていた本人がいなくなってからは、誰も」


鳴海は紙束をファイルごと受け取り、デスクに置いた。


角を、揃えた。


とっくに揃っていたのに、もう一度、揃えた。


「報告は以上か」


「……経理から、もうひとつ。今回の遠征、戦果を半分に割ると、遠征費が上回ります。つまり」


「分かっている」


赤字だ。


量で殴りに行って、量で殴り返された。


主任が出ていったあと、鳴海は窓の外を見た。大穴の管制塔が、今日も同じ顔で立っている。


この眺めのいい十二階で、自分は何をひとつでも、前に進めただろうか。


その夜、鳴海はオフィスに一人で残った。


書きかけの対策案は、二行で止まっていた。


現地処理研修の強化。手順書の整備。──その手順書を、誰が書く?


ペンの尻が、デスクを二度叩いた。


止めた。


端末を引き寄せる。検索欄に文字を打って、消した。もう一度、打った。


【おっさんの解体キッチン】


幹部たちが噂していた、例の深夜配信。真壁巧が今、立っている場所。


開いたことは、一度もなかった。開く理由がなかった。あれは、終わった経費の話だ。


──検証だ、と自分に言った。


あの男の手順とやらに、再現不能な何かが本当にあるのか。あるなら手順化して盗めばいい。なければ、やはり運だったと証明できる。どちらに転んでも組織の利益になる。


完璧な理屈だった。


完璧な理屈を、深夜二時のオフィスで、たった一人で組み立てていた。


再生したのは、例の八時間の動画だった。


《ノーカット仕込み配信:朝まで、全部見せます》。再生数の桁を、二度数え直した。


音は、消して見るつもりだった。


最初の一時間、画面の中の男は、ただ刃物を研いでいた。


早送りに伸ばした指が、止まった。


研ぎ上がった刃を、男が灯りに透かす。その確かめ方ひとつに、見覚えがあった。地下二階の蛍光灯の下、何百回もすれ違って、一度も足を止めなかった光景だった。


二時間目。大鎧熊の肩。


刃が入る。音もなく、筋と筋の境目が、ほどけるように開いていく。


切っている、ようには見えなかった。


最初からそういう形だったものを、ただ元に戻している。そう見えた。


鳴海蓮司は、剣の天才だ。


だから、分かってしまった。


あの刃の入り方は、再現できない。自分の剣でも、届かない。力でも速さでもない。あれは──視えていなければ、できない。


気づくと、音を出していた。


しゃ、という研ぎの音。骨の外れる、乾いた小さい音。コメントの弾幕が、画面の端を流れていく。


《この手元を六時間見て、まだ疑う気力が残ってる奴がいたら、俺はそいつの目のほうを疑う》


窓の外は、とっくに明るくなっていた。


八時間の動画が、終わろうとしていた。早送りは、一度もしなかった。


画面の中で、男が雷鹿の断面をレンズに向けている。


稲妻の形のサシが、走ったときの姿のまま、そこにあった。一筋も、逃げていない。


十年。一万四千二百件。事故、ゼロ。


ファイルごと受け取った、あの几帳面な手書きの文字が、その断面に重なった。


運じゃない。


運じゃないなら、何だ。俺が経費の一行に丸めて、赤ペンで消したものは、何だったんだ。


動画が終わり、暗転した画面に、自分の顔だけが映った。


ひどい顔だった。


「……なぜだ」


声は、誰もいないオフィスに、思ったより大きく落ちた。


「あいつは──戦えないだけの、男のはずだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前線で人斬り包丁をバケモンに振るうだけが戦いじゃねーんだよカス
戦えないからいらないなら、外注の解体業者もいらないじゃん、ただひたすら戦い殺戮してればいーよ、それで生きていけるならね
アホか、最前線の兵士も、天才外科医も、支援が無けりゃなんもできんわい。 万能はおっても万全は個人で完結せんのじゃ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ