第12話 伝説の解体屋を暴け
嫌な予感ってのは、だいたいよく当たる。
当たらないでくれと祈る夜に限って、特にだ。
開店から、ひと月。
コインパーキングの隅に、今夜は見慣れない機材が並んでいる。三脚が三本、照明が二つ、マイクが一本。全部こはくの私物だそうだ。
「いやー、ついにこの日が来ました! ガチで来ました!」
「来なくてよかったんだがな」
「何言ってるんですか! 告知ポスト、五十万表示いってるんですよ!?」
ちなみに告知の文面は『あの人間国宝に、聞きにくいこと全部聞きます』。
喧嘩を売る先を、間違えてないか。
深夜零時、配信開始。
【視聴者:9,000】
三秒で、これだ。
《待ってた》
《公開尋問と聞いて》
《処刑されるのはどっちだろうな》
「はいどうも、白瀬こはくです! 本日は合同企画──『伝説の解体屋の正体、ぜんぶ暴いちゃいますSP』! よろしくお願いします!」
「店主の真壁です。丼は通常営業なんで、近所の人はどうぞ」
「企画の頭で営業を挟まないでください!」
「では第一問! ズバリ、まかべさんって何者ですか!」
「ただの解体屋だよ」
「定型文は無効です! 経歴でお願いします!」
「経歴ねえ。……解体師を十年。先月まで、とあるクランの専属だった。今は見ての通り、丼屋だ」
《とあるクラン》
《特定班、起きろ》
「クラン名は言わんよ」
「えー! なんでですか!」
「十年世話になった職場だ。今さら看板に泥を塗る筋合いもない。──それに」
鍋のアクをすくいながら、付け足した。
「向こうは今ごろ、俺の名前も覚えてないさ」
《いい奴すぎる》
《クビにした側は息してるか?》
《これが大人……》
「つ、次の質問! クビになったこと、正直、恨んでます?」
「恨む?」
ちょっと考えた。考えるまでもなかった。
「いや。経営判断ってやつだ。数字の上じゃ、俺は高い買い物だったんだろ」
「悔しくなかったんですか!」
「悔しさより、冷蔵庫が心配だった。熟成中の素材ってのは、毎日顔を見てやらないと拗ねるんだ」
《素材の心配しかしてない》
《回答がいちいち職人》
「では視聴者投票・第一位の質問です! その包丁、業物なんですか!?」
「ん? こいつか」
布巾で刃を拭って、灯りにかざしてやる。
「市販の筋引きだよ。二万もしない。ただ、十年研いだ。──刃物ってのは生まれより育ちでな。鋼の銘柄なんてのは要するに素質の話で、結局は砥石との相性と、角度の管理が」
「あっ、これ長くなるやつだ」
「鎬の面ってのはな──」
「まかべさん! 巻きで! 巻きでお願いします!」
《技術の話だけ早口になる男》
《こういうおっさんは本物なんよ》
零時二十分。
照明の輪の外から、いつものフードが滲み出てきた。皆勤賞は、コラボだろうと止まらない。
「……それを」
「あいよ。悪いな、今夜は騒がしくて」
《来た》
《通常営業で安心する》
こはくが、すかさずマイクを向けた。
「ちょうどいいので聞きます! お弟子さんから見て、師匠ってどんな人ですか!」
リンは丼を受け取ったまま、長いこと固まって、それから言った。
「……まかないが、おいしい」
「ありがとうございました!」
《知ってた》
《情報の純度が高い》
──流れが変わったのは、同接が二万を超えたあたりだった。
《つーかさ、冷静に考えてS級素材がワンコインって、嘘だろ》
《廃棄のS級が個人に渡るわけがない。入手ルート不明=偽装では?》
《弟子も泣いた客もサクラだろ。こういうのは大体やらせ》
滝みたいに流れるコメントの中に、色の違う水が混じり始める。
こはくの肩が、強張るのが分かった。配信者ってのは、この流れの怖さを体で知ってるんだろう。
「ま、まかべさん、こういうのは無視で大丈夫なので──」
「ん? ああ、偽装の話か」
手は止めなかった。タレってのは、人が揉めてようと照りは出る。
「いい質問だ」
《いい質問!?》
《本人が一番動じてなくて草》
「うちの雷鹿は八年前の廃棄個体だ。自腹の買い取り記録も、魔獣素材の取扱届も、役所と保健所に全部出してある。書類が見たけりゃ、然るべき筋から照会してくれ。──ただな」
布巾を置いて、レンズを見た。
「書類ってのは、その気になれば嘘をつける。だから俺が『信用しろ』と言うのも筋が違う。見るなら、断面を見な。偽物のサシは火を入れると逃げる。本物は逃げない。──肉ってのは、書類より正直なんだ」
《回答が実技》
《怒らないんだな……》
《怒らないのが一番信用できるんだよなあ》
こはくがマイクを握り直して、宣言した。
「今の悪質コメント、ログ全部保存しました! ガチです!」
画面の隅で、数字が三万を超えた。
「ど、同接三万……! 私のチャンネル史上最高記録です! やばい、ガチでやばい!」
「そうかい。──ところでこはくさん、丼が伸びるぞ」
「食べます!」
配信は、一時を回って看板になった。
「じゃ、今日はここまで。腹の減った奴は、看板までどうぞ。──お疲れさん」
機材を畳みながら、こはくはずっと上機嫌だった。
それが、スマホを一目見て、止まった。
「……まかべさん。これ」
差し出された画面に、まとめサイトの記事が載っていた。
【深夜の『人間国宝』に素材偽装疑惑──廃棄S級の入手ルートは本当に合法か?】
配信の切り抜きを、都合よく切り貼りした記事だった。投稿から一時間で、転載が三つ。コメント欄は四百を超えて、まだ伸びている。
「ひどい……こんなの、切り抜きの悪用じゃないですか! 抗議します! 通報もします!」
「いいよ、別に」
俺は最後の照明を畳んで、荷台に積んだ。
俺のことは、何と書かれても構わない。十年、誰に見られるでもなくやってきた仕事だ。
ただ──「偽装」の二文字だけは、別だ。
あれは俺への悪口じゃない。八年寝かせた雷鹿への、立派な営業妨害だ。
「なあ、こはくさん」
「は、はい」
「配信ってのは、ノーカットだと最長で何時間流せるんだ」




