第9話 管理局の男
管理局の監視室は、常に冷たい静寂に包まれている。
壁一面に並ぶモニターが、ステーション内のあらゆる場所を映し出していた。
イーサン・グレイはその中央に立ち、淡々とログを確認していた。
「またか」
端末に表示された名前を見て、イーサンは小さく息を吐いた。
アリア・セルフィス
不審アクセス:EARTH_CULTURE_ARCHIVE
地球文化アーカイブへのアクセスは、厳重に禁止されている。
そこに触れた者は、例外なく思想危険者として扱われる。
イーサンは眉をひそめた。
(なぜ彼女は、こんな危険なことを)
アリアは資料室の補助スタッフ。
規律を破るようなタイプには見えなかった。
だが――
最近の彼女の行動には、明らかに揺らぎがあった。
イーサンは端末を閉じ、監視室を出た。
◆
イーサンは資料室の前に立ち、扉越しに中の様子を伺った。
アリアはミラと並んで座り、何かを熱心に話している。
その表情は、以前とはまるで違っていた。
(笑っている……?)
アリアの顔には、柔らかな光が宿っていた。
規律に従うだけの無表情ではない。
何かを見つけた人間の、強い意志を秘めた表情。
イーサンの胸に、説明のつかないざわめきが生まれた。
(あれは危険だ)
感情は、社会を乱す。
色彩は、心を揺らす。
それが管理局の教えだった。
だが――
アリアの表情を見ていると、その教えが揺らぐ。
(本当に危険なのか? それとも……)
イーサンは首を振った。
余計な感情を抱くべきではない。
彼は資料室の扉から離れ、アリアの行動ログを追跡することにした。
◆
イーサンは技術部門の廊下に立ち、レオンの作業スペースを遠くから見つめていた。
アリアがレオンと話している。
二人は何かを隠すように、机の上の光る繊維を見つめていた。
(あれは……スーツの素材か? だが、色が……)
イーサンの目が細くなる。
光反射繊維。
管理局が禁止している色彩研究の一部。
(レオン・ヴァルク。お前まで何をしている)
イーサンは二人の会話を聞くことはできなかったが、アリアの表情は明らかに希望に満ちていた。
その表情が、イーサンの胸をざわつかせる。
(希望、か)
イーサンは幼い頃の記憶を思い出した。
◆
まだ幼かった頃。
イーサンは、母の部屋で偶然色のついた布を見つけた。
淡い青。
柔らかな黄色。
見たこともない色彩の数々。
「これは……?」
母は慌てて布を隠し、言った。
「イーサン、これは見てはいけないものよ。色は心を乱すから」
だが、幼いイーサンはその布を忘れられなかった。
あの色は、今でも胸の奥に焼きついている。
(アリアの表情は、あのときの自分を思い出させる)
イーサンは胸を押さえた。
(馬鹿な。私は管理局の人間だ。感情に流されるわけにはいかない)
だが、心のざわめきは消えなかった。
◆
その日の夕方。
イーサンは居住区の通路で、子どもたちの声を耳にした。
「ねえ、ノアが見た色ってどんなの?」
「銀色じゃないんだって!」
「虹みたいに光るんだって!」
「ぼくも見たい!」
「わたしも!」
イーサンは足を止めた。
(色? まさか、アリアが……)
胸の奥に、冷たいものが走る。
(これは、放置できない)
だが同時に、別の感情が生まれる。
(見てみたい)
イーサンは自分の胸に手を当てた。
(私は……一体何を考えている)
管理局の職員として、これは許されない感情だ。
だが――
アリアの表情、レオンの目、子どもたちの声。
それらが、イーサンの心を静かに揺らし続けていた。
◆
イーサンは監視室に戻り、アリアのログを再確認した。
「アリア・セルフィス。君は一体、何を見つけたんだ」
彼は端末に指を置き、アリアの行動を追跡するためのフラグを設定した。
だが、その指はわずかに震えていた。
(私は彼女を止めるべきなのか? それとも……)
イーサンは深く息を吸い、目を閉じた。
胸の奥で、幼い頃に見た色が揺れている。
イーサンの心は、確かに揺れ始めていた。
それは、アリアの革命が敵側にまで届き始めた証だった。
キャラクター紹介
イーサン・グレイ(28)【管理局の若手エリート/アリアの思想に揺れる男】
性別:男性
身長:183cm
職務:服装規定の監視担当
家柄:管理局の名家




