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第8話 子どもの感性

 アリアは居住区の通路を歩いていた。

 昨日、ミラと語り合った色の世界が、まだ胸の奥で温かく揺れている。


(もっと色を見たい。もっと色を広げたい)


 その願いは、日に日に強くなっていた。


 アリアはポケットに手を入れ、小さな布片を確かめる。

 レオンが試作した光反射繊維を、ほんの少しだけ切り取ったものだ。


 淡いピンクと青が混ざり合い、光の角度で虹色に変わる。

 アリアにとっては宝物のような存在だった。


(誰にも見せられないけど……持っているだけで、心が軽くなる)


 そう思いながら歩いていると――


「アリアおねえちゃん!」


 突然、明るい声が響いた。


 振り向くと、ノアが駆け寄ってきた。

 10歳の少年で、アリアが資料室へ向かう途中によく会う子だ。


「ノア。どうしたの?」

「ねえねえ、今日も見せてよ!」


 アリアは一瞬、心臓が止まりそうになった。


(見せてよ?)


 ノアは期待に満ちた目でアリアを見上げている。


「昨日のきれいなやつ!」


 アリアは息を呑んだ。


(見られてた……?)


 昨日、アリアは光反射繊維をポケットから取り出し、そっと眺めていた。

 誰も見ていないと思っていたが、ノアはその瞬間を見ていたのだ。


「ノア、それは……」


 アリアが言い淀むと、ノアは両手を広げて言った。


「すっごくきれいだったんだよ! 銀色じゃなくて、光ってて……色がいっぱいで!」


 その目は純粋な輝きに満ちていた。


 アリアは周囲を確認した。

 大人たちは皆、無表情で歩いている。

 誰もこちらには注意を払っていない。


(少しだけなら……)


 アリアはそっとポケットから布片を取り出した。


 淡い光が、ノアの顔を照らす。


「わああ……!」


 ノアは目を輝かせ、両手で布片を包み込むように見つめた。


「これ、ほんとにきれい……! なんでこんな色してるの?」


 アリアは微笑んだ。


「秘密だよ。でも、地球にはもっとたくさんの色があったんだって」

「地球……?」


 ノアは首をかしげた。


「うん。昔、人間が住んでた場所。そこには、色があふれてたの」


 ノアは布片を見つめながら、ぽつりと言った。


「ぼく……こんな色の服、着てみたいな」


 アリアの胸が熱くなった。


(子どもは素直だ)


 大人たちが危険だと思い込まされてきた色を、ノアはただ綺麗と感じている。


 その純粋さが、アリアの心を強く揺さぶった。


「ノア、これはね……」


 アリアが言いかけたそのとき――


「ノア! 何してるの!」


 鋭い声が響いた。


 ノアの母親が駆け寄ってきた。

 医療スタッフの制服を着ている。


「アリアさん……? ノアに何を見せていたんですか?」


 アリアは布片を慌てて隠した。


「い、いえ……ただの光の反射です。スーツの素材が少し……」


 母親は疑わしげにアリアを見つめたが、深追いはしなかった。


「ノア、行くわよ。感情を乱すものに触れちゃいけませんって、いつも言ってるでしょ」


 ノアは不満そうに唇を尖らせた。


「でも、きれいだったんだよ……」


 母親はため息をつき、ノアの手を引いて歩き出した。


 アリアはその背中を見送りながら、胸の奥が締めつけられるのを感じた。


(色は感情を乱すものじゃない。心を自由にするものなのに)


 そのとき――

 ノアが振り返り、アリアに向かって小さく手を振った。

 そして、口の動きだけで言った。


「また見せてね」


 アリアは思わず微笑んだ。


(うん。いつか、もっと鮮やかな色を見せるよ)


 胸元の赤い布が、静かに揺れた。


 ◆


 その日の夕方。

 アリアが資料室へ戻る途中、子どもたちの声が聞こえた。


「ねえねえ、ノアが見た色ってどんなの?」

「銀色じゃないんだって!」

「虹みたいに光るんだって!」

「ぼくも見たい!」

「わたしも!」


 アリアは立ち止まった。


(もう広がってる)


 子どもたちの純粋な好奇心は、抑えようとしても抑えられない。

 色彩は、彼らの心に火をつけたのだ。


 アリアは胸に手を当て、静かに呟いた。


「……色は、止められない」


 その言葉は、誰に向けたものでもない。

 ただ、自分自身の心に刻みつけるための言葉だった。


 ◆


 その頃――

 管理局の監視室では、イーサンが新しい報告を受けていた。


「子どもたちの間で色に関する噂が広がっています」


 イーサンは眉をひそめた。


「色……?」

「はい。誰かが色のついた布を見せたという話が……」


 イーサンは端末を操作し、アリアの行動ログを確認した。


(アリア・セルフィス。また君か)


 胸の奥に、説明のつかないざわめきが生まれる。


 それは警戒か、興味か――

 イーサン自身にもわからなかった。


 ◆


 アリアは資料室の窓から、子どもたちが遊ぶ姿を見つめていた。

 銀色の世界の中で、彼らの笑顔だけが鮮やかに見えた。


(色は人の心を動かす。それを今日、確かに見た)


 胸元の赤い布が、静かに揺れた。


 アリアの色は、初めて世界に届いた。

 そして、革命の火は静かに広がり始めた。

 キャラクター紹介


 ノア・ローレン(10)【子ども/世論を動かす存在】


 性別:男の子

 身長:小柄

 家族:母親は医療スタッフ

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