第7話 ミラの秘密
資料室の空調は、いつもより静かだった。
アリアは端末に向かいながら、胸の奥のざわつきを抑えられずにいた。
(レオンさんが協力してくれる)
その事実が、まだ信じられない。
胸元の赤い布が、今日も静かに脈打つように揺れている。
そのとき――
「アリア、ちょっと来て」
ミラの声がした。
アリアは驚いて顔を上げた。
ミラはいつもの柔らかい笑顔ではなく、どこか真剣な表情をしていた。
「どうしたの?」
「いいから。誰にも見られない場所で話したいの」
ミラは資料室の奥へと歩き出した。
アリアは胸がざわつきながらも、後を追った。
◆
資料室の奥、普段は誰も近づかない古い棚の前。
ミラは周囲を確認し、アリアに小声で言った。
「アリア。あなた、何かしようとしてるよね?」
アリアの心臓が跳ねた。
「どうして、わかったの?」
ミラは苦笑した。
「あなた、わかりやすいんだよ。昨日からずっと、目が違う。何かを見つけた人の目をしてる」
アリアは言葉を失った。
ミラは棚の奥に手を伸ばし、古い端末を引き出した。
薄い埃が舞い、アリアは思わず息を呑む。
「これは……?」
「私の秘密」
ミラは端末を起動し、画面をアリアに向けた。
そこには――
地球の写真が並んでいた。
アリアは目を見開いた。
「ミラ……あなたも……」
ミラは静かに頷いた。
「うん。実は私も、ずっと地球の文化を調べてたの。誰にも言えなかったけど」
アリアの胸が熱くなる。
「どうして……?」
ミラは少し遠くを見るような目をした。
「小さい頃ね、資料室で偶然色のついた絵を見たの。それが忘れられなくて……この世界にはない何かがあるって、ずっと思ってた」
アリアは息を呑んだ。
(私と同じだ)
ミラは端末を操作し、画像を拡大した。
ニューヨークのタイムズスクエア。
カラフルな服を着た少女たち。
笑顔。
自由。
色彩。
アリアの胸が震えた。
「これって……!?」
「綺麗でしょ。私、この世界にもこんな色があったらいいのにって、ずっと思ってた」
アリアは涙が出そうになった。
「ミラ、私はね……昨日、初めて色を見たの。胸が苦しくなるくらい綺麗で、もっと知りたいって思った」
ミラはアリアの手をそっと握った。
「アリア。あなたは、私がずっと探してた仲間だよ」
アリアは手を握り返し、震える声で言った。
「ミラ。私、色を広げたい。このステーションに、もう一度色を取り戻したい」
ミラは微笑んだ。
「じゃあ、私が手伝う。地球の文化のこと、全部教える。あなたが広げたい色のために」
アリアは胸元の赤い布を押さえた。
「ありがとう。ミラ」
二人は静かに微笑み合った。
その瞬間、資料室の奥で、誰かの影が動いた気がした。
アリアは振り返ったが、誰もいない。
(気のせい……?)
しかし、胸の奥に小さな不安が残った。
◆
その後、ミラはアリアに地球のファッション史を教え始めた。
「これは原宿系。自由で、カラフルで、個性の塊みたいなスタイル」
「これはY2K。未来的で、キラキラしてて。アリアに似合いそう」
「これはモード。構築的で、強い意志を感じるデザイン」
アリアは夢中で聞いた。
胸の奥で、何かがどんどん膨らんでいく。
(私、作りたい。この色を、この世界に)
ミラはアリアの表情を見て、嬉しそうに笑った。
「アリア。あなたの目、すごく綺麗だよ。色を見つけた人の目をしてる」
アリアは照れくさくて、視線をそらした。
◆
その頃――
資料室の外の廊下で、イーサン・グレイは立ち止まっていた。
扉の向こうから、微かに聞こえる声。
「色を広げたい」
「地球のファッション」
「綺麗」
イーサンは眉をひそめた。
(アリア・セルフィス……何をしている)
胸の奥に、説明のつかないざわめきが生まれる。
それは警戒か、興味か――
イーサン自身にもわからなかった。
◆
資料室の奥で、アリアとミラは並んで座っていた。
画面には、色彩に満ちた地球の世界。
アリアは静かに呟いた。
「ミラ。私、やるよ。この世界に色を取り戻す」
ミラは力強く頷いた。
「一緒にやろう、アリア」
胸元の赤い布が、静かに揺れた。
アリアは、二人目の仲間を得た。
そして、色彩の革命はさらに加速していく。




