第6話 技術者レオン
アリアは技術部門の扉の前に立っていた。
胸元の赤い布を指先でそっと押さえる。
昨日、レオンに言われた言葉が頭から離れない。
「他にも色をつけたいなら、理論上は可能ですよ」
その一言が、アリアの心に火をつけた。
(もっと知りたい。もっと色を広げたい)
深呼吸をして、扉を開く。
技術部門は、資料室とはまったく違う空気を持っていた。
機械の低い振動音が床から伝わり、銀色のスーツが整然と並ぶ。
技術者たちは無表情で作業を続けているが、その手つきはどこか職人めいていた。
アリアは周囲を見回し、レオンを探した。
「アリアさん?」
声がして振り向くと、レオンが工具を片手に立っていた。
昨日と同じ鋭い目だが、どこか柔らかい光が宿っているように見えた。
「来てくれたんですね」
アリアは小さく頷いた。
「昨日の……話の続きをしたくて」
レオンは周囲を確認し、アリアを奥の作業スペースへ案内した。
そこは他の技術者たちから少し離れた、半ばレオン専用のような場所だった。
机の上には、分解されたスーツの部品や、光を反射する細い繊維が散らばっている。
「これって……?」
アリアが指差すと、レオンは少し誇らしげに言った。
「光反射繊維。スーツの素材に混ぜると、光の角度で色が変わるんです。地球時代のホログラム素材を参考にして作りました」
アリアは息を呑んだ。
「こんな綺麗なものが、このステーションに……」
レオンは苦笑した。
「本当は、研究禁止なんですけどね。“色は感情を乱す”って理由で」
アリアは胸が痛くなった。
「でも、レオンさんはどうして作ったんですか?」
レオンは少しだけ視線を落とした。
「……興味ですよ。色って、本当にそんなに危険なのか。それともただ、誰かがそう決めただけなのか」
アリアはその言葉に強く心を揺さぶられた。
(私と同じだ)
レオンは机の上の繊維を手に取り、アリアに差し出した。
「アリアさん。あなたが見せてくれた赤い布……あれを見て、思ったんです」
アリアは胸元を押さえた。
「……何を?」
レオンは真っ直ぐにアリアを見つめた。
「色は美しい。それだけで、人の心を動かす力がある」
アリアの胸が熱くなる。
「だから協力したい。あなたが色を広げたいと思うなら」
アリアは言葉を失った。
昨日、地球の映像を見たときと同じように、胸の奥が震えている。
「レオンさん……ありがとう」
レオンは照れくさそうに視線をそらした。
「ただし、条件があります」
「条件……?」
「監視システムに引っかからないようにすること。スーツの改造は危険です。もしバレたら……あなたは処罰される」
アリアは迷わず言った。
「それでも、やりたい」
レオンは驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「わかりました。じゃあ、まずは小さな実験から始めましょう」
レオンは光反射繊維をアリアの手にそっと乗せた。
それは、まるで生きているように光を揺らしていた。
淡いピンク、青、紫――
角度によって色が変わる。
アリアは息を呑んだ。
「……綺麗」
レオンは静かに言った。
「アリアさん。あなたが見たい色を、僕に教えてください」
アリアは胸に手を当て、はっきりと答えた。
「世界を変える色。人の心を自由にする色。そんな色を作りたい」
レオンは頷いた。
「じゃあ、一緒に作りましょう。色のある未来を」
アリアは微笑んだ。
胸元の赤い布が、静かに脈打つように揺れた。
この瞬間、アリアは初めて仲間を得た。
そして、色彩の革命は静かに動き始めた。




