第16話 色彩の波紋
ファッションショーの翌朝。
ステーションの空気は、いつもと同じように静かで、銀色で、整然としていた。
――少なくとも、表面上は。
だが、アリアにはわかっていた。
昨日までとは違うざわめきが、この世界のどこかで確かに生まれている。
胸元の赤い布をそっと押さえながら、アリアは資料室へ向かった。
◆
資料室に入る前、アリアは廊下で小さな声を聞いた。
「ねえ、昨日ファッションショー見たんだよね? わたしたち」
「うん! 夢じゃないよ!」
「ぼく、絵に描いてきたんだ!」
アリアは思わず足を止めた。
子どもたちが床に座り込み、絵が描かれた紙を見つめている。
銀色の世界ではありえない――色のついた絵。
ピンク、青、黄色、緑。
昨日アリアが纏った色が、そのまま紙の上に広がっていた。
「……!」
アリアの胸が震えた。
(色が伝わってる)
だが、次の瞬間――
「あなたたち、何をしているの!」
教師が駆け寄り、子どもたちの絵を取り上げた。
「色の使用は禁止されているでしょう! こんなもの、どこで……」
子どもたちは口をつぐんだ。
だが、その目は昨日の光をまだ宿していた。
アリアは胸の奥が痛くなる。
(ごめんね。でも、嬉しい)
◆
資料室に入ると、ミラが駆け寄ってきた。
「アリア! 聞いた? 作業員の間で、昨日のショーの噂が広がってるの!」
「噂……?」
ミラは端末を見せた。
そこには匿名掲示板のログが並んでいた。
《昨日、すごい色を見たよ》
《虹みたいな光だった》
《アリアって子がショーをやったらしい》
《本当に色って存在するのか?》
《管理局に怒られないの?》
アリアは息を呑んだ。
(こんなに広がってる)
ミラは興奮気味に言った。
「アリア。あなたの光はもう止められないよ」
◆
その頃、管理局の会議室では緊張した空気が漂っていた。
「昨日の光の異常反応について、調査を進めています」
「市民の間で色に関する噂が拡散中」
「特に子どもたちの間で影響が大きいようです」
上司の声は冷たかった。
「色彩は感情を乱す。放置すれば秩序が崩壊する。早急に対処しろ」
イーサンは黙って聞いていた。
(本当に危険なのか? あの綺麗な光が……)
彼の胸には、昨日見た虹色の残像がまだ残っていた。
上司が言う。
「イーサン・グレイ。アリア・セルフィスの監視を強化しろ。必要なら拘束も許可する」
イーサンの心臓が跳ねた。
「拘束、ですか……?」
「そうだ。彼女は秩序を乱す可能性がある」
イーサンは拳を握りしめた。
(アリアはそんな存在じゃない)
だが、言葉にはできなかった。
◆
技術部門では、レオンが端末の前で頭を抱えていた。
「アリアさんの光が、こんなに広がるなんて……」
嬉しさと同時に、強い不安が胸を締めつける。
(管理局が動けば、アリアさんが危険に晒される)
レオンは拳を握った。
「守らなきゃ……僕がアリアさんを」
その目には、技術者としての覚悟が宿っていた。
◆
資料室の奥。
アリアはミラと並んで座り、昨日のショーの残像を思い返していた。
「ミラ。私、もっと色を広げたい」
ミラは微笑んだ。
「うん。もう、誰にも止められないよ」
アリアは胸元の赤い布を握りしめた。
「次はもっと大きな光を」
ミラは目を輝かせた。
「第二回のショー、やるんだね」
アリアは静かに頷いた。
「うん。もっと多くの人に色を届けたい」
その言葉は、昨日よりもずっと強く、確かな響きを持っていた。
◆
その夜。
ステーションのあちこちで、人々が小さな声で話していた。
「色を見たって本当?」
「昨日の光が忘れられない」
「世界は銀色だけじゃないのかもしれない」
その声はまだ小さい。
だが、確実に広がっていた。
アリアの最初の光は、世界に波紋を落とした。
その波紋は、静かに、しかし確実にステーション全体を揺らし始めていた。
色彩の革命は、もう止まらない。




