第14話 ファッションショー
メンテナンスホールは、ほとんど闇に沈んでいた。
壊れた照明、むき出しの配管、埃をかぶった機材。
普段なら誰も足を踏み入れない、忘れられた空間。
だが、今夜だけは――
その闇の奥に、静かな熱が満ちていた。
観客は二十数名。
子どもたち、若い作業員、疲れた市民たち。
皆、息を潜めて闇を見つめている。
ミラは音源端末の前で、震える指を押さえながら深呼吸した。
(アリア。準備はいい?)
舞台裏では、アリアが衣装を着て立っていた。
(大丈夫。私は歩ける。色を纏って)
レオンは照明ユニットのスイッチに手を置き、観客席を一度見渡した。
(頼む……誰にも見つかるな)
そのとき――
ミラが小さく頷いた。
「始めるよ」
ミラが再生ボタンを押す。
――サァァァァ……
静かな風の音がホールに流れた。
地球の風。
誰も知らないはずの音。
観客たちが微かにざわめく。
レオンが照明を一つだけ点灯させた。
弱い非常灯のような光が、舞台の端を淡く照らす。
その光の中に――
アリアが立っていた。
観客が息を呑む。
子どもたちが小さく囁く。
「アリアおねえちゃん……?」
アリアはゆっくりと歩き出した。
半透明のオーロラレイヤーが、光を受けて揺れる。
淡いピンク、青、紫――
角度によって色が変わり、まるで光そのものを纏っているようだった。
観客たちは言葉を失った。
「きれい……」
最初に声を漏らしたのは、ノアだった。
その声をきっかけに、他の子どもたちも目を輝かせる。
「ほんとだ……!」
「銀色じゃない……!」
「すごい……!」
大人たちも、息を呑んだまま動けない。
アリアは中央に立ち、静かに目を閉じた。
(レオンさん。お願い)
レオンは照明のスイッチを押した。
――パァァァァァッ
光反射繊維が反応し、衣装全体が虹色に発光した。
観客席から、抑えきれない声が漏れる。
「……っ!」
「なにこれ……」
「こんな……綺麗なもの……」
色がホール全体に広がる。
壁に、天井に、観客の顔に、虹色の光が反射する。
まるで、銀色の世界に初めての朝日が差し込んだようだった。
アリアは静かに微笑んだ。
(これが私の最初の光)
◆
その頃、ホールの外。
イーサンは巡回中に、通路の奥から漏れる光を見つけた。
「なんだ……?」
銀色の世界ではありえない光。
虹色の揺らぎ。
イーサンは思わず足を止めた。
(まさか……彼女か?)
胸が強く脈打つ。
彼はゆっくりとホールの入口へ近づいた。
扉の隙間から漏れる光が、彼の顔を照らす。
その光は――
幼い頃に見た布の色と同じ輝きだった。
イーサンの喉が震える。
「綺麗だ……」
その言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。
◆
ホールの中では、観客たちが涙を流していた。
「こんな世界が……」
「色って……こんなに……」
「心が苦しい……でも、あったかい……」
アリアは観客の表情を見て、胸が熱くなる。
(色は人の心を動かす。やっぱりそうなんだ)
ミラは涙を拭いながら、アリアを見つめた。
レオンは震える手で照明を支えながら、静かに呟いた。
「成功だ」
◆
音が消え、照明がゆっくりと落ちていく。
アリアは深く一礼した。
観客たちは、誰も声を出せなかった。
ただ、胸に手を当て、震える息を整えていた。
子どもたちが小さく拍手を始める。
それが波のように広がり、ホール全体を包んだ。
アリアは涙をこぼした。
(ありがとう……)
◆
ホールの外で、イーサンは拳を握りしめた。
(アリア・セルフィス。君は危険だ)
だが、その目は――
恐れではなく、強い興味と揺らぎに満ちていた。
(だが、もっと知りたい)
イーサンの心は、確かに動き始めていた。
こうして、アリアの最初の光は世界に放たれた。
そして、この光が――ステーション全体を揺るがす革命の始まりとなる。




