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5 セレナ、乙女の祈りです

ルーレアートが、現代の歴史における位置付けと、如何に生きるかを語った講義。エルサーナの同母妹、エルラシオンの異母姉であるセレナもまたその講義を聞いた。

 

 男というものは、随分と面倒なことを考えるのだな、というのが、その講義を聞いた時のセレナの感想だった。

 

あのようなことをわざわざ語るルーレアート。

 講義の内容に深く感じ入ったらしい、弟、エルラシオン。

 無関心を装ってはいるが、その実、感銘を受けてしまっていることが見え見えの、兄、エルサーナ。


 面倒な奴ら。セレナはそう思った。


 現代の、歴史における位置付け。そんなことは、別にどうでもよいではないか。

 人生を如何に生きるか、このテーマについては関心はある。


が、師ルーレアートが語った内容は複雑で、いかにも理屈を捏ね回している、とセレナは感じた。


 私は、もっと単純明快に生きる。学問は、生活していく上で必要なことを学べば、あとは自分にとって興味のあることのみをより深く学べばそれでいい。

 

アル・ラーサ。

セレナの心は、今、その名で占められているのだが、その人も色々と面倒なことを考える人なのだろうか。


 そんなはずはない。と、セレナは思う。

帝国で出版されている様々な図書や瓦版。父が取り寄せているそれらの中で、自分の興味を惹くものは、父に借りてセレナは読んだ。


 最も興味のあることは、アル・ラーサに関する記事。

 十七歳の若さで、伝統ある帝国騎士剣技会に優勝。

 自らも女騎士隊の一員として剣技を磨いていたセレナにとっては、関心を持たざるを得ない若者であった。


 アル・ラーサは帝国におけるヒーローとなり、彼に関する様々な記事が帝国で印刷される瓦版や、簡易図書に書かれた。セレナはそれらの記事を熱心に読み込んだ。


 そして、アル・ラーサが独身である事だけでなく、帝国の男子としては極めて稀なことに、愛する女性は、将来妻となる人、生涯ただひとりと決めている、そのような信念の持ち主であることも直ぐに分かった。


 アル・ラーサは、帝国の民たちから童貞の騎士と呼ばれている。


セレナの心は、波打った。

アル・ラーサが、その生涯において愛するただひとりの女性。そのただひとりのひとが自分であったら。


 セレナは、元々帝国の華やかさに憧れていた。成人したら帝国で暮らしたい、とも思っていた。だが、帝国で暮らすということは、自由恋愛などと呼ばれる、あの帝国の不潔な男女関係に取り込まれることを意味する。


 草原で好ましいと思う伴侶を見つけ、夫婦で帝国に行って暮らす。そんな想像をしてみたこともある。


 だが、セレナの周りにも、何人か成人して帝国に移住する人はいたが、彼ら、彼女らは、例外なく、男女関係において帝国の慣習に染まってしまうということは、その後の噂話で分かっていた。


 だが、アル・ラーサが自分の夫となったら。

お互いにその夫を、その妻を、生涯愛するただひとりの人として、帝国で暮らしていくことができる。


そして、そのアル・ラーサは……

帝国で最も強い男なのだ。


 では自分は、そのアル・ラーサに相応しい女なのだろうか。

 学問は決して好きではない。だが、教師であるルーレアートは、セレナ様は物事を直感で、本質的に捉えることができる能力をお持ちだ。優秀な方です。と、評価してくれた。


騎乗能力も剣技も、私にかなう女性はほとんどいない。いや、男の中に交じってもひけを取ることはない。今年、十五歳にして女騎士百人隊の隊長になったが、それが部族の長であるエルラス汗の娘だから、という理由だけではないことは、周囲が認めてくれている。


 家事は好きではないし、得意とも言えない。が、汗の娘が取り立てて家事をする必要はなかった。

 アル・ラーサも騎士階級。結婚しても家事をする必要はあるまい。


 だが、自分はアル・ラーサに相応しいという絶対的な自信は持てなかった。

 二歳の時に亡くなった母、セレナには母の記憶はない。その母セルは、草原一の美女と言われていたそうだ。残されている肖像画を観ても、その美しさに驚かされる。


 そのひとり娘である私は、なぜ、こんな平凡な顔立ちなのだろう。侍女たちは美しいと言ってくれる。だが、それが、お世辞であることは、セレナには分かる。


 草原の若者、何人かに好意を寄せられたこともある。だが普通の若い娘であれば、それは当たり前のこと。


 ルーレアート先生に、セレナ様は魅力的な女性ですよ、と言われたことはある。嬉しかった。でも、私が先生のお嫁さんになったら、先生は、生涯私ひとりのみを愛して下さいますか、と訊ねたら、先生は困った顔をされた。


ルーレアート先生もやっぱりラグーンの男なのだ。


 頭脳については勉強は嫌いだが、でもそれなりの努力をしなかったわけではない。

 騎乗能力、剣技については、それこそ自分自身を鍛え上げた。

 だが容姿は。自分ではどうしようもないではないか。この世の中は、自分ではどうしようもないことで、なぜ価値を決められなければならないのだろうか。


アル・ラーサも、やはり美人が好きなのだろうか。美しいかそうではないかで、女を判断する人なのであろうか。


 間もなく帝国に出発する。もし、アル・ラーサ様が私のことを気に入り、妻にすると言ってくださったら。

セレナは、もう草原には戻らないつもりだった。

その思いを胸に秘めて、女騎士百人隊の隊員たちをはじめとして、身近な人たちに別れを告げた。


 アル・ラーサ様は私のことを気に入って下さるだろうか。

 セレナ、十五歳。乙女の胸は千々に乱れるのであった。


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