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4 少年エルサーナは、黙って生きると決めました

ルーレアートは、エルラシオンのみの教師というわけではない。

ルーレアートの異母兄エルサーナ、異母姉セレナの教師でもあるし、アルーサで優秀と見なされている若者たちの教師でもある。


が、エルサーナは、滅多にその講義には出席しない。興味を惹く講義のときのみ出席する。


 ルーレアートが、現代という時代の歴史における位置付けと、この時代において如何に生きるか、の講義を行った際は、エルサーナは、珍しく出席していた。


 それは、エルサーナが十七年になろうとするそれまでの人生で、行きついていた心境をはっきりとした言葉で説かれた講義。

エルサーナはそのように感じた。


 エルサーナもまた歴史が好きであった。

ラグーンが草原以外の世界を統一するに至る歴史。ルーレアートが説くところの闘争の時代、そして英雄の時代。

その時代の歴史に、少年エルサーナはどれだけ心を奮わせたことだろう。


自分は英雄という存在に憧れている。エルサーナにはそのことがはっきりと分かった。そして、自分はそうなるに足る充分な資質にも恵まれている、と感じてもいた。


 ラグーンは世界を統一した。しかしこの草原は、多くの部族が雑多に暮らしている。今の時代であっても、草原統一という英雄的事業を行うことは可能なのではないか。少年エルサーナは、そう思った。


 少年エルサーナはある日、父、エルラスにその気持ちを訴えたことがある。父上は、草原を統一しようと思ったことはなかったのか、と。


「草原統一か。まあ、お前なら、そういうことを考えるだろうな。俺も少年時代、いや青年と呼ばれる年齢になっても考えていたな。草原統一だけではない。統一された草原の、その騎士たちを率いて帝国と干戈を交え、帝国を征服することまで夢想したこともあるぞ」


「帝国の征服、そのようなことまで考えておられたのですか」


「ああ、想像は自由だからな」


「では何故」


「それをしなかったのか、というのか。愚問だな」


「……」


「今のこの時代をみてみろ。どこに戦いを始める大義があるというのだ。人と人が、その命をかけて戦わなければならない、どういう理由があるのだ。

今の時代であっても金持ちはいるし、貧しいと形容できなくはない人々もいる。だが今の時代にあっては、絶対的な貧困は存在しない。何の能力もない人も、飢えることはない。生活を営む最低限の保証は手厚くなされているからな」


「……」


「身分の違いというものは確かにある。生まれながらにそれが決まっているのだから、そのことを理不尽に感じるものもいるだろう。だが庶民と呼ばれる大多数のものは、こう思っているぞ。王族、貴族、聖職者、騎士階級、世の中で特権階級と呼ばれている人々は、たしかにいい暮らしはしているのだろう。だけどその身分に伴って色々な義務や厄介事も多そうだ。庶民のほうが、余程気楽でいいとな」


「……」


「草原も同じだ。帝国と生活様式が違うというだけだ。草原で生産するものの余剰部分は帝国へ売られ、その対価として、帝国の豊かさは、この草原もはっきりと享受している。そのような販路、そして、社会的仕組みが出来あがっているしな。たしかに草原は統一されてはいない。だがそれは統一される必要がないからだ。草原の生活様式は、大国家を必要とはしない。また、この草原において、部族による差別も存在しない。どこかの部族が自然的災禍を受ければ、直ちに災禍を受けていない部族が援助する。そういう社会的仕組みもまた出来あがっているしな。」


「……」


「なあエルサーナよ。今のこの時代で、草原を統一し、帝国を征服する。そういう声をあげて、一体誰が付いてくる。想像してみろエルサーナ」


想像してみた。

そのようなことを声高に唱える人物は……


笑い者だ。あるいは、現実認識能力のない者の誇大妄想。


「想像したな。エルサーナ。そういうことだ」


「……分かりました」


エルサーナは、その場を辞した。


「エルサーナ」


父が呼び止めた。エルサーナは振り返った。


「なあ、エルサーナ。人はその資質通りに生きられるわけではない。エルサーナ、お前はこの時代に生まれてきたのだ。そのことを嘆くな。嘆きながら生きるのは、お前に生命を与えたこの世界に対して失礼なことだと思うぞ」


エルサーナは頷いた。


どうやって生きるか。これからゆっくり考えてみよう。

いや、考える必要もないのかもしれない。

だがもう嘆くことはしない。俺はこの時代を黙って生きていこう。


エルサーナが十二歳の時の挿話である。


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