10 クイズ王が一堂に会しました
ここでこの第三話の本筋からは外れた話を挿入する。
アルーサ一行がラグーンに到着し、九宝館での滞在を始めたその初期の頃、九宝館に滞在するひとりの若者がいた。
エルサーナと同年、十七歳で、帝国でも最東部に近いアイラン地方の出身、アイラン帝国大学の学生(飛び級入学)、ユームである。
ユームもまた、その大学で古典研究会の会員となっていた。
帝国内に帝国と称される大学は十校あり、その全てに古典研究会があった。
その古典研究会のOBも含めた帝国大学古典研究会全体総会が二年に一度、首都ラグーンで開催されるのだが、ユームは、その総会にアイランからの長い旅の末、出席していた。
総会は、宴席、遊興、首都近郊の観光といったスケジュールも折り込み、数日間かけて開催される。
その総会の中で、伝統行事としてクイズ大会が実施される。総会出席者の全てが参加できるわけではない。
OB。各帝国大学現役大学生、帝国大学に属する高等学校在校生。古典研究会に所属していた人たちによる事前の予選があり、本大会に参加できるのは、各帝国大学関係者各十名。合計百名なのであった。この予選通過者については、総会へ出席するための旅費は、各大学の古典研究会事務局から支給されるのであった。
このクイズ大会、出題は、古典四学と称される、哲学、歴史、宗教、芸術の四ジャンル各百問。合計四百問。筆記である。
解答の制限時間は三時間。すなわち一題あたり二十七秒。その時間で問題を読み、答えを書かないといけないのであった。
さらには、高度な知識と論理構成力を要する記述式の問題も各ジャンル毎に数問ずつ用意されていた。
このクイズ大会。
四百題の問題の、
一位はラシアスで400点満点の341点。
二位はラサリオン殿下で334点。
そして第三位がアイラン帝国大学のユームで、329点だった。
尚、記述式の問題については、彼らの記述内容を採点できるレベルの人間はおらず、採点の対象外になったのであった。
クイズに参加した百人の四百題の問題の平均は、169点。第四位の点数は、234点だったので、とにかく前記三人が抜けていたのである。しかもユームは、ラサリオンより二歳年下。
ラサリオンの懇請により、ユームは総会開催中から九宝館に滞在し、ラサリオン、ラシアスと親交を深めた。
その話を聞いたルーレアートは、今回の問題持っているのだろう、俺にもやらせろ、そうラシアスに声をかけた。第一高等学校の、そしてホアキン帝国大学の学生であった時、ルーレアートも古典研究会に属しており、このクイズ大会には参加していた。
エルサーナ、エルラシオン、そしてセレナもやってみた。
ルーレアートは324点。
エルサーナは316点。
エルラシオンは281点。
セレナは259点だった。
学生時代と一緒だな。やっぱり俺の勝ちだな。
エルサーナも、そしてエルラシオンも十一歳という年齢を考えたら、信じられない高得点なのに驚倒しながら、ラシアスはそう言った。
いやこのクイズの得点には、単純な得点方法だけではなくもうひとつあったはずだぞ。それならどうなる、とルーレアートは応じた、
ルーレアートの言う得点方法。それは、正答する人数の少ない難問に正解するほど得点が高くなるというものだった。
すなわち、百人全員が正解であれば一点だが、正答者が十人であれば十点。ひとりであれば百点になる、百点を正答者の数で割った点が問題毎に得点となるというものであった。
正規の得点ではラシアスが、この得点方法ではルーレアートが一番になる、というのが通例だったのだ。
ラシアスは、いやいやながら計算した。
結果はやはりルーレアートが勝っていた。
やっぱりな。ラシアス。お前、皆が分かる問題は分かって、誰も分からないような問題はお前も分からないと。相変わらずつまらない奴だな、ルーレアートはラシアスにそう言った。
しかししばらくするとルーレアートは黙ってしまった。この得点方法であれば、ルーレアートよりもさらに上回っている男がいたのだ。
エルサーナだった。
一位エルサーナ。
二位ルーレアート。
三位ラサリオン。
四位ユーム。
五位ラシアス
だった。
注) 帝国大学出身者でクイズ大会には参加していない人物。及び出身者以外の人物で、もしこのクイズに参加したら、参加者百人の平均点以上の得点を出したであろう人物も相当数、存在した。
概ね、彼らよりも上の世代の人物であった。
平和で、総じて労働時間は少なく、余暇の多い帝国においては、学問に専心し高いレベルの学問的領域に達する人は少なくなかったのである。また、それらの人びとは、だいたいはクイズというものに、興味、関心を示さなかった。
さて、以上五人に加えてエルラシオンも交えて六人で、一室でともに時間を過ごしたことがあった。
この会合の前、エルラシオンは随分と緊張した。
ルーレアートも期待に胸を膨らませた。
このメンバーが一堂に会したら、
宗教、思想・哲学、歴史、芸術。
どんなに高度な議論が交わされることになるのだろうか、
ラサリオン、エルサーナ、ユームの三人は寡黙だから、話の切っ掛けとして、以前エルラシオンに語った、現代の歴史における位置づけ、この現代を如何なる心で生きていくか、という話を披露してみるか。
その三人はやはり寡黙であったが、ゆったりとした感じの会話は交わされていた、だが世間話の域を出ない。
高度な議論などとは無縁だった。ルーレアートも用意していた話をする気になれなくなってしまった。
世界とは何か。宇宙とは何か。人間の存在にはいかなる意味があるか。各時代の歴史をどう意味付けるか。美とは何か。何が最高の美なのか。
この人たちは、そういうことは、これまでにさんざん考え尽くされてきたのだろう。今さらそんな話をする気にはなれない、そういうことなのだろうな。
ルーレアートはそう思った。エルラシオン様に対する講義の内容、もう変えるか、そんなことも思った。
そしてルーレアートは、ラシアスとともに、どうでもいいような世間話に加わったのであった。
ところで古典四学だが、この時代においても既に、哲学、宗教の学問的地位は、かつての権威を失っていた。
歴史、芸術は、変わらず隆盛であったが、古典的正統的歴史学、古典的正統的芸術は、やはりその権威が低下していた。
したがって、総会では、別の日に、古典四学以外のクイズ大会も同様形式で行われた。
こちらについては、ラサリオンも、ラシアスも、ユームも、参加者百人の上位三分の一になんとか入るかという程度の成績であった。
やはり試みたルーレアートとエルサーナは、参加者百人の平均点も取れていなかった。
エルラシオンも平均点は取れなかったのだが、こちらについては、師のルーレアートと兄エルサーナを上回る得点を得ていたのであった。
この結果はルーレアートを憮然とさせた。
エルラシオン様への講義、今後は古典四学以外の学問のウェイトを高めようと考えたが、そちらでは、もう自分を上回る知識を持っているのか。
もうエルラシオン様への講義は終了。
俺の役目は終わったな。
この時ルーレアートは、草原を引き揚げ、ラグーン帝国大学に復学しよう、と決めたのであった。
総会では、二年後の次の総会以降、クイズ大会は現状に鑑みて、古典四学のほうは廃止ということが決定した。
帝国大学においても、時代の進展につれて古典四学の学問としての需要の低減があったからだが、それ以上に、帝国大学における古典四学の中での各専門分野の相当数の最高権威の教授が講義の準備、あらたな論文執筆以上の多大な時間をかけて作成していた問題。
そのさらなる作成がもう困難となっていたから、というのが理由である。
古典研究会の名称変更も総会の議題にあがったが、実態は変わっても、伝統ある名称、このままでよいでしょう、ということになったのであった。
尚、次回以降あらたに統合されるクイズ大会、そのジャンルは、
・生活
・科学
・生物、自然
・文化
・人体、健康
・経済
・法律、社会
・国土、交通
・芸能、音楽
・体育、競技
に分類、整備された。
計10ジャンル。1ジャンル各20問 合計200問。
筆記で解答の制限時間は2時間と定められた。
1問あたり36秒である。
というわけで、ラサリオンもエルサーナもユームも。
さらにはラシアスもルーレアートも。
仮に今後このクイズ大会に参加することがあったとしても、もう一位になることはもちろん、上位に入賞することもないと、この時点では言い切ってもよかったであろう。
ただし、その後年齢を重ねるにつれて、そうとも言えなくなっていくのであった。
ところでかなりの日数、九宝館に滞在したユーム。
ラサリオンからラグーン帝国大学への転入と、九宝館に住むことを誘われたのであったが、アイランに戻り、親の後を継いで村の子供たちの教師になる、と答え、都ラグーンを去ったのであった。
が、それはしばらく先の話
エルサーナたちの一行がラグーンに到着してからも、一ヶ月半ほどは、ユームも九宝館での滞在を続けたのであった。
本小説の主要登場人物は、古典四学についてはほぼ極めてしまっていたが、その後の若隠居的余生において最も興味をもって研究したジャンルは各々以下の通りである。
が、年齢を重ねるにつれて各人とも結局は、下記の中における他のジャンルにも興味を持ち研究を広げていったのであった。
・ラサリオン 経済学、数学、音楽
・エルサーナ 理学、工学(物理、化学、建築)、数学
・ユーム 医学、薬学
・エルラシオン 民俗学、文化人類学、考古学
・セレナ 社会学、芸能、音楽、美術、工芸
・ラシアス 法律、生物、数学
・ルーレアート 商学、経営学、語学(帝国統一以前の各民族の言語)、音楽
・アル・ラーサ 兵站、農学、流通




