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11 セレナはお化粧をしました

ラサリオン殿下の同母妹アサカは十七歳。玲瓏で硬質な美少女だった。

笑顔を見せることはほとんど無い。

 高い身分であるとはいえ、帝国で育った娘。これまでにそれなりの経験はあった。

 交渉のあった男は例外なく、アサカに夢中になった。その神秘的とも言えるような美貌は、他に隔絶したものだった。

 

 だがアサカはどの男にも大きく惹かれるということがなかった。

 兄ラサリオンの友人で、幼い頃からよく見知っているアーク、ラルフアーサともそれなりの関係は持ったが、やはり男性として大きく惹かれるということはなかった。


 その理由はアサカには分かっていた。

アサカがこの世で最も好きな男性は、兄ラサリオンだったのだ。

 

 草原からの来客のことは、兄ラサリオンから聞いた。

到着の日は、お前もこの館にいて迎えたらいいと、ラサリオンは言った。

エルサーナ、ルーレアート、エルラシオンは相当な器量の人物と思われる。あるいはお前の運命を変える人物かも知れんぞ。

 

 今、九宝館に住むユームについても兄は同じようなことを言った。たしかに兄と同質のものを感じた。だがユームは、帝国の最東部に近いアイラン地方の人。そこで生涯を過ごすという。

 そのような場所で暮らす気にはアサカはなれなかった。


 ましてユームは、その地にアイラルフィンという五歳年上の女性がいる。その女性は人妻だがユームのことを最も強く愛してくれているし、それは自分も同じなのです。ということもアサカに語った。


「それ、もしかして騙されていませんか」


と、アサカは一応、言ってみた。


ユームは、

「アイラルフィンは、そんな女性ではありません」


と、悠揚迫らない常の姿とは異なり、憤然とした表情で答えた。


「つい先日、アイラルフィンからの愛に溢れた手紙を受け取ったところです」


「早く帰ってきてください、と書かれていたのですか」


「それは……いえ、せっかくのラグーンの都、ゆっくり楽しんできてくださいね、と……」


怪しいなあ、

アサカは思った。

まあ、別にどうでもいいけど。


 一夜、大胆に、放縦に、最終の逸楽行為をなして、お互いに恍惚境に至るまで情痴の限りを尽くしたことを思い出として、アサカはユームへの想いは振り切った。


 ユームも付いてきてほしい、とは言わなかった。



 アサカは兄の言葉に従い、九宝館で一行の到着を迎えた。

 エルラシオンは、その優秀さ、性格の好さが一目で見てとれた。だが十五歳程度に見える風貌ではあっても、実年齢はまだ十一歳。恋愛の対象となるひとりの男性として見ることは出来なかった。


 ルーレアートは確かに魅力的な人物だった。だがアサカは、明る過ぎる、優し過ぎると感じた。

このひとが相手だと、常に温かく、笑顔に満ちたやり取りをする、ということになるのであろう。

ラシアスにも同じようなことを感じたが、このルーレアートは、明るさ、活発さが、さらに上回っていると感じた。

だめだ。アサカは思った。

 私はこのタイプの男性はだめだ。


 エルサーナには心惹かれた。

兄とよく似た超然とした雰囲気。寡黙。さらには、兄ほどには温かさが外面に滲み出てはいない。

アサカは心がときめいた。彼女にとってはユームについで二度目のことであったが、そのときめきはユームの時を上回っていた。

だがエルサーナには妻がいた。兄のことがあるから、ずっと年上の女性ということには驚かない。が、九宝玉とは違って特に美しいわけでもない。エルサーナに相応しい女性とはとても思えない。


奪おうか。アサカはそんなことも思った。私が本気になって振り向かない男などいるはずがない。

ユームについても、私が熱望すれば彼はアイラルフィンではなく、この私を選び都に残るだろう。そうも思っていた。


でも自分にはそれは出来ない。そのこともアサカには分かっていた。

自分は男に対し自分のほうから懇願するようなことは決してしない。


 エルラシオンは驚愕した。アサカを見て。

この世の中にこんなに美しい女性がいるのか、そう思った。

 エルラシオンはルーレアートの講義を受け、美ということについても多大な興味を持ち、考察を重ね、感性を磨いた。

そのエルラシオンの目から見て、アサカは理想の、最高の女性美。とまず思った。


だがしばらくアサカを観察して、そうではない。と、エルラシオンは思った。

 アサカはその理想とも思える美の中に、ごく微量の歪み、乱れ、そして品のなさがある。

エルラシオンの感性はそのように見てとった。


 そのことに気付いて、エルラシオンの心は、アサカにどうしようもなく惹かれてしまった。

もし完璧な、何の欠陥もない理想の美であれば、それで全ては自足する。思いはそこから広がることはない。

 だがエルラシオンがアサカに感じた微量の歪み、乱れ、品のなさは、男の心を捉えて離さない深淵。底なし沼だったのだ。


「この人を妻にしたい」


エルラシオンは強く思った。



 アルーサ一行五人を迎えて九宝館は沸き立ち、活気づいた。


 超然たる雰囲気を持った美青年エルサーナ。

 明るく愉快で機知に富んだルーレアート。


 九宝玉がよく知るラサリオンとラシアスにも似た組合せ。がこのふたりはさらにその個性が際立っていた。


 そして、九宝館には今まで不在だったキャラクター。

 真面目で誠実な美少年。生気に溢れた少女。面倒見のよい世話女房(「気品」エセルと、「魔性」ユーナは形容に似ずそれに近いタイプではあった)。

そして、彼ら、彼女らの、帝国標準語とは大きく異なるその訛りは九宝玉を楽しませた。



 セレナは鏡に映る自分の姿を見た。そこには、遺された母の肖像画とそっくりな女性がいた。

これが私? セレナは信じられなかった。


 シーナとふたりだけだった部屋にマンドハイが入ってきた。

セレナを見てマンドハイは、

「セル様」

と叫んだ途端に泣き出した。


 マンドハイは言う。

セレナ様が、セル様にそっくりなことは私には分かっておりました。

 セル様の元々のお顔立ちは、セレナ様によく似ておられたのです。

 セル様が草原一の美女と言われていたあのお顔は、お化粧をされた姿だったのです。


ですからセレナ様も、セル様と同じお顔になられるはずとずっと思っておりました。でもセル様はお化粧をされる時は必ずお一人。私も席を外すよう申しつかっておりました。だから、どうやればあのお顔になるのか分からなかったのです。シーナ様、ありがとうございます。


 母は私によく似ていた。セレナは驚いた。


シーナとマンドハイに付き添われて、セレナは九宝玉の残り八人、ラサリオン、アーク、ラルフアーサ、アサカ、ラシアス、エルラシオン、ユーム、ガーランドが待つ大広間に入った。

待っていた人びとは、息をのんだ。数秒間の沈黙のあと、大歓声が大広間に響き渡った。

明日、アル・ラーサがこの九宝館にやって来る。


 アル・ラーサとの初対面を前にして、セレナはさんざん悩んだ末に化粧を落とした。

 そのことにより取り返しのつかない結果になったとしても、本当の自分を見ていただきたい。

 セレナはそう決断した。




 

 長い間、憧れてやまなかったその人が、セレナの前に立っていた。微笑みを浮かべて。


「セレナです」

と言ったきり、セレナの目から泪がこぼれ落ち、止まらなくなった。

その肩にアル・ラーサの手がそっと置かれた。

「セレナ様」

セレナは泪を浮かべたまま、アル・ラーサを見た。

柔らかく温かい笑顔のなかで、アル・ラーサの口が静かに開かれた。


「私の妻になっていただけますか」



 アークは、アルーサ一行とアル・ラーサの肖像画を描いた。


 ラルフアーサは、

「草原からやって来た人たち」

「セレナとアル・ラーサの恋愛日記」

の執筆を始めた。

 

 エルサーナ、エルラシオン、セレナ、ルーレアートは、ラシアスの仲介により、九宝屋と代理人契約を結んだ。

近く、彼(女)らのキャラクターグッズが販売される予定である。


 セレナは化粧方法をシーナに念入りに伝授された。その素顔はもうアル・ラーサにしか見せなくなった。


 そしてセレナは、帝国のトップアイドルになったのであった。


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