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第七十九話:決着 ~重なる想刃~

 赤と黒が激突する。

 周囲には瓦礫の山が積み重ねられて、両者の戦いが如何に凄烈なものであるかを示していた。元々ここは商業店で賑わっていたが、吹き荒ぶ剣圧と炎が皆破壊しつくしてしまった。幸いなのは、周りに人の気配が皆無であることだろう。既に三日月宗近達による迅速な行動によって、避難を終えていた。

 ここには二人だけしかいない。どれだけ暴れようが、建物を破壊しようが、咎められない環境は童子切安綱に大きな戦術的優位性(アドバンテージ)をもたらした。


「【火ノ神舞(ひのかみまい)】――蛟薙(みずちなぎ)!!」


 業火が踊る。一度(ひとたび)太刀が払われれば、その景色はたちまち焼野原へと変えられる。

 あらゆる生命を無へと帰す一撃を浴びさせた。立っていられるはずがない。そんな彼女の願いとは真逆の現象が起きているものだから、童子切安綱の表情も険しい。

 戦闘時間が長くなればなるほどに強くなっていくのが【火ノ神舞(ひのかみまい)】。現在の火力は最大の一歩手前といったところ。この時点で誰一人立ってこなかった実績を持つがに、はじめて破られてしまった現実が童子切安綱は許せない。


 いったいどれだけ打ち込んだと思っている。幾度斬ろうとも、燃やそうとも、楓……否、鬼蜘蛛は立っていた。苦しんでいる素振りの一つでもあればまだしも、平然とされれば自信がなくなってくる。それでも使命を課せられた彼女に敗北は許されないから、猛攻を凌ぐ中で童子切安綱は果敢に攻め続ける。

 時間だけが刻一刻とすぎていく。鬼蜘蛛は未だ健。逆に童子切安綱の表情(かお)には、焦燥感が募るばかり。その表情(かお)が指し示すとおり、時間が経過していくことに彼女は焦っていた。

 時間が長引けばそれだけ被害が拡大していく――これは、まぁ確かに間違いではない。しかしながら天下五剣や結城悠という頼もしき仲間がいて信頼しているから、この件に関しては然程心配していないのが童子切安綱の本音だ。例えこの身が滅びようとも、残る誰かがきっとこいつを解放してくれる、と。


 焦りの原因(タネ)は彼女自身にあった。即ち童子切安綱の刃戯(じんぎ)――【火ノ神舞(ひのかみまい)】の効果そのものを彼女はなによりも危惧していた。最大限にまで高められた時、童子切安綱の炎は地獄の業火となって万物を焼き尽くす。その火力たるや、視界に入ったものすべてを焦土と変えてしまえるほどに。


 それだけ強大な力をここで彼女が振るえば、耶真杜(やまと)という町は地図から消え去ろう。それは童子切安綱にとっても願ってはいない。従って彼女はいつも短期決戦で終わらせることを心掛けて、それが不可能となってしまった現状に童子切安綱は焦らずにはいられなかった。


(まずいな……もうすぐ最大火力に達してしまうぞ)


 これより先の解放はできない。以前は町もなく山一つだけで被害は抑えられたものの、現在は町中だ。避難している町民のことも考慮すれば、これ以上の火力を童子切安綱はもう発揮することができない。

 八割の力で倒せぬ相手と戦った経験は、未だかつてない。どうする。どうすればこの怪物を仕留められる。幾度と仮想戦闘を繰り返そうとも、突破口の見えぬ状況から脱せられない童子切安綱は、それでも鬼蜘蛛へと挑む。

 自分では倒せない――だからと逃げる御剣姫守(みつるぎのかみ)がどこにいよう。そんな輩がいれば根性を叩き直してやらねばならず、ましてや己が犯すなどなんたる愚行か。生き恥を晒して落ち延びるぐらいであれば、誰かのためにこの命を散らす。悠は許さないだろうが、彼の心には残れる。そう考えると悪くない気もしてきた……。


(そんなわけがあるかっ!!)


 仮初ではあるものの悠とは夫婦としての関係を築いた。その時間がどれほど幸せであったか、優越感に浸れるか。これを知ってしまったら、どうして簡単に諦められよう。もう一度あの幸せを手にしたい。そのためにも童子切安綱は勝利して生きねばならない。輝かしかったあの記憶をもう一度、次は本物へとするために。童子切安綱は太刀を振るい続けた。

 勝負はやはり決しない。戦況は依然と一進一退のまま。終わりがみえない、永遠に続くかもしれないと肉体が錯覚を憶えてきた頃――膠着していた戦況にとうとう変化が生ずる。軍配が敵手へと挙げられた。ここにきて増援がやってきたのである。同族であろうとも鬼蜘蛛にとっては単なる駒でしかないことが、八脚の鬼を見やれば一目瞭然だった。

 同情はしない。元を辿れば鬼は人類にとっての厄災だ。これまでに多くの犠牲者を生んできた相手に憐れむほど、童子切安綱は優しくない。だが、せめて苦しまずに殺してやる。それが彼らに対してやってやれる彼女なりの慈悲であった。

 赤々と燃ゆる炎が鬼を次々と灰塵へと変えていく。強大な力を有している鬼蜘蛛ならばともかく、並大抵の力しか持たぬ者に彼女の炎には耐えられまい。だが、どうやら運に恵まれていた輩が混じっていたらしい。その鬼は上空へと回避すると、落下地点を童子切安綱へと定めた。


 刃毀れした切先が捉えるは彼女の頭頂部。鬼の膂力に加えて落下速度も合わされれば、いかな童子切安綱とて防ぐ術はなし。先の攻撃を避ける者が存在していた……この事実がほんの僅かばかり彼女の思考能力に狂いを生じさせる。俗にいう隙を晒した童子切安綱がしまった、と口にした時には。鬼の切先は彼女の眼前まで迫っていて――真横から割り込んだ白刃にて命を救われることとなる。


「だ、誰だ!?」

「ふぅ、なんとか間に合いましたわね」


 見たこともない、けれども妙な懐かしさがある。不思議な雰囲気を漂わせるも、自らと同じ真打の御剣姫守(みつるぎのかみ)の登場は、童子切安綱の心に余裕を持たせた。どこの誰かを彼女は存じないが、だが強い……劣勢を敷かれている現状(いま)だからこそ、応援の到着はなによりもありがたみがある。

 だが、本当に何者だ。童子切安綱はたまらず尋ねる。


「き、貴様は……」

「申し遅れました。わたくしの名前は膝丸(ひざまる)――悠さまより一足先にあなたの救援に向かうよう頼まれましたの」

「は、悠が……」

「これよりこの膝丸が、あなたの背中を守ります。ですからどうかご安心くださいな」


 丁寧かつ、これより戦うというのになんとも穏やかな口調で話してくる――童子切安綱の心配は、この後の展開によって杞憂に終わることとなる。

 先の口調とは裏腹に、彼女……膝丸の太刀筋は、華麗にして残虐。相手の攻撃を巻き取るような蜘蛛の糸で得物を捉えるかの如き剣捌きの前に、次々と死体ができあがっていく。有り体にしていえば、蝶のように舞い蜂のように刺す、といったところ。


「……ッ!」


 童子切安綱は目を見開いた。彼女の背中に、かつての仲間の面影が重なった。

 幻影なのだろうか。だとすると、なんとも嬉しい幻影(びっくり)だ。彼女の瞳に存在する三人の御剣姫守(みつるぎのかみ)は一様に微笑んでいる。


(あぁ、なんだ。そういうことか。そういうことなのだな……)


 膝丸という個の人格には、三人の魂が受け継がれている。本当にそうであるかは改めて彼女本人に尋ねねばならぬだろう、が――童子切安綱は些細な問題として片付けることにした。彼女の正体がなんであれ、共に戦ってくれる頼もしき仲間であればよい。三つの想いを宿らせる御剣姫守(かのじょ)であったなら、疑う必要などどこにもない。

 微笑む三人に童子切安綱は静かに頷いて返す。それが最後のやり取りとなった。思い返してみれば、きちんと別れを童子切安綱は告げられていない。だから満足そうに頷いて消えていく三人を、笑みを以て見送ってやる。それが今の自分にできる、彼女らへの最大の選別であると童子切安綱は思った。


(吼丸、薄緑、蜘蛛切よ……ありがとう。貴様らの想い、確かに受け取った!!)


 別れを告げ、視界に残るは鬼蜘蛛を相手に太刀打ち合っている膝丸のみとなる。

 童子切安綱は地を蹴った。一瞬にして鬼蜘蛛へと肉薄すると、関節部を狙って太刀を払う。斬という軽快な音がここにきてついに鳴った。苦悶に満ちた顔で咆哮を上げる様を見上げながら、童子切安綱は隣にいる膝丸へと言葉を投げる。


「膝丸……だったな。我に力を貸してくれ」

「えぇ、もちろんですわ――ふふっ、なんだか妙な気分ですわ」

「こんな時になんだ?」

「いえ、あなたとお逢いするのはこれが初めてだというのに、なんだか懐かしい……そんな気分ですの。気を悪くされたのならお許しくださいな」

「……ふっ、気にするな。我も同じ気持ちだぞ――いくぞ!」

「えぇ!」

 二人の御剣姫守(みつるぎのかみ)が強大な敵へと立ち向かう。




 遅れてようやく、悠は現場へと到着した。そこで目にした光景に、彼の目は丸く見開かれることとなる。たった一人の増援によって戦局ががらりと変えられた。それは彼が思い描いていたものとはまったく正反対な結果で、膝丸の圧倒的強さに悠は驚愕から開いた口が閉じられずにいた。


「これ……全部あの二人がやったのか?」

「うわぁ……すごいね。膝丸さんってこんなに強い御剣姫守(みつるぎのかみ)だったんだね」

「それにぃ、安綱さんの動きがなんだかよくなっている気がしますぅ」

「確かに……。今まで見てきた動きの中で一番キレがいい気がするな」


 鬼蜘蛛へと斬り掛かる童子切安綱の顔は、不敵な笑みで満ちている。彼女の性格から、戦いを楽しんでいるのではない。別の何かに嬉々としていて、それが膝丸に関わっていると、なんとなくながら悠は察する。

 まるで俺と鈴のようだ。愛刀を取り戻し、共に戦えることをかつての彼が感じたように。彼女もまた、かつての仲間達の集合体たる膝丸との共闘を喜んでいるのやもしれない。


「これはボクの勝手な考えだけど……膝丸さんが関わってるんじゃないかな? ボクと主みたいにさ」

「じゃあ、あれが膝丸の刃戯(じんぎ)ってことなのか?」


 だとすれば、納得もできる。特定の人物といることで発動する稀な刃戯(じんぎ)を知ったからこそ行きついた仮説には説得力があった。


「それは……なんともだけど」

「……とにかく、今が畳みかけるチャンスだ。一気に終わらせるぞ!」

「うん!!」

「はいぃ!」


 もうすぐ終幕を迎えんとする舞台へと飛び入り参加を果たす。もっとも演じるべき内容はたかが知れている。童子切安綱と膝丸が主役、ならば悠達は引き立て役たる脇役だ。二人の邪魔をせんとする不遜な輩の排除が役割ならば、悠は喜んで従う。迫りくる鬼をひたすら斬る。

 後どれだけ湧いてくるのかは、現時点では皆目見当もつかない。十か、百か、あるいはそれ以上か。だとしても弱音を吐く暇がないのは今更なことで、これと同等の数を相手にしているではないか。


「ふっ!」

「えぇいぃ!!」



 何を恐れる必要がある。俺は一人で戦っていない。頼れる仲間の姿を目端に捉えて、悠は大刀を振るう。

「まったく……よくもこれだけの数の鬼を従えたもんだな」

「でも、余裕って感じだね主。鬼にも勢いがなくなってきたし、もうすぐだよ!」

「これでも一応それなりに死線は潜り抜けてきてるからな! それに小烏丸の刃戯(じんぎ)のおかげでもある」

「えへへぇ」

「さてと――これで……終わりだ!!」


 二刃の飛燕が鬼の首を刎ねた。

 辺りに敵影はなし。その事実が脇役としての出番が終わったことを彼に伝え、後は幕引きがされるのをただ静かに待つことが悠には課せられた次の役目だった。

 その時がついに訪れる。


「行け安綱さん! 膝丸!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 双つの白刃が交差して、鬼蜘蛛の巨体を駆け抜けた。

 断末魔をあげて、朽ちてゆく死に様を全員で見届ける。両袈裟から打ち込まれ、三分割にされた胴体からは大量の血液に嘔気が込みあがるも、悠はそれを堪える。誰もが堪えているのに自分だけが耐えられないと弱音は吐けまい。

 吐くのならば後からでもできる。それよりも最優先にやるべきことがあろうに。悠は童子切安綱に視線で促す。この大役は彼女にしかできない。


「……我々の勝ちだっ!!」


 高らかに掲げられた太刀に陽光が差し込む。眩く、美しく、炎のように力強い輝きを発する白刃に続いて悠もまた、勝ち鬨の声と共に二刀を天へ掲げた。

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