第七十八話:想いを引き継ぐは一振(ひとり)の太刀
まるで終末が訪れたかのようだ。彼がそう思うに至ったのは、目の前で起きている現象についてまずは説明せねばならない。
耶真杜へ急ぎ戻ってみれば、かつての賑わっていた町並みがどこにもない。蜘蛛の巣がいたるところに張り巡らされて、町全体が一つの巣と化していると形容しても過言ではない。
不気味なほどにしんと静まり返っている様子が、悠に更なる不安へと駆り立てる。これがすべてたった一匹の鬼の仕業なのだから、相手の能力が強大であることを認めねばならず、そんな相手に一人で戦っているであろう童子切安綱の安否を悠は気遣った。
「安綱さんは……無事なのか」
悠には救助と援護の命令が与えられている。それが上司直々からのものであったなら遂行することが、彼の責務であって、しかし。やはりどう考えても童子切安綱を一人きりで戦わせることを、悠は納得できずにいた。
三日月宗近達の救援が終わってからすぐに駆け付ける。それも選択肢の一つに違いない。天下五剣が揃ったなら、あの鬼など難なく倒せるやもしれぬし、そうでなくとも勝利は確かなものと悠は思っている。
だが、果たして間に合うのか。童子切安綱の実力を信じぬわけではないし、神威での大立回りは彼女が強者であることも悠は知っている。
それでも得体のしれぬ胸騒ぎが絶えず纏わりつく。俺はどうすればいい。悠は自らに問うた。己はどうする……いや、どうしたい――知れたこと。確認する必要なんて最初からなかった。二人の御剣姫守に視線をやる。彼がそう選択すると予めわかっていたかのように頷く彼女達に、悠も小さく笑みを浮かべた。
最優先で救うべきは、童子切安綱にある。悠は死と恐怖に満ちた町を駆け抜けた。
行く先々で彼らを待ち受けていた光景が、全員に緊張の糸を張り詰めらせる。
糸の塊……あれは、繭なのだろうか――あちこちに設けられている。その形状といい、大きさといい、そしてしんと静まり返っているこの光景から、中身がなんであるかを悠達が想像するのに時間はそう掛からなかった。真っ先に、千年守鈴姫が口を開いた。
「これって、もしかして……!」
「助けるぞ!」
繭を斬り裂く。あっさりとできた裂け口から、御剣姫守がごろりと出てきた。息はある、が放っておいてもよい訳ではない。彼女には早急な治療が必要で、頼める相手がいない現状が悠を焦らせる。
その時。小烏丸が叫んだ。
「悠さんあれぇ! あれ見てくださいぃ!」
指差す彼女の先に視線をやる。一際大きな繭がそこにはあった。
(あの大きな繭はなんだ!?)
確認しようと意識を傾けかけた、と同時。独りでに繭が裂けると、中から異形が飛び出してくる。異形の正体は鬼だ。これまでに相対してきた鬼のどれにも当てはまらない新種。ついさっき目にしてきたばかりで驚きは然程なくて……鬼の姿形から見えた事実が悠の顔を青ざめさせる。それはとても恐ろしくて、身の毛もよだつ。
「まさか……あの繭に入っていると異形化してしまうのか!?」
だとすれば、これほど驚異的なことはあるまい。同時に相対する者の気力を大きく削ぐのにも効果は絶大的と断言できる。要するに、こうして数打を救えたのは奇跡的に間に合ったのだ。間に合ってなければ今頃、異形化した彼女達と悠は刃を交えねばならなかったところだ。
(そんなことさせるかよ!!)
半鬼半蜘蛛の怪物に悠は白星刃を打ち落とす。仲間を絶対に化物などにはさせたりしない。視界に入った繭を悠は徹底的に斬り裂いて、鬼はすべて斬殺する。
「悠さん!」
見知った顔が駆け寄ってきた。疲弊こそしてはいるも、無事である姿には悠も強張らせていた表情筋を緩める。
「三日月さん! 無事だったようでよかった……」
「それはこちらの台詞です。さぁ早く安全な場所へ、ここは危険です」
「俺なら大丈夫ですよ。それよりも、他の皆は? 町の人達は?」
「安心してください。町民なら全員本部の方へと避難していますし、他の皆さんも協力して蜘蛛の糸に捕らわれてしまった人達の救助に当たっています」
「そうですか……よかった。あ、安綱さんは!? 安綱さんは見かけませんでしたか!?」
「彼女なら――」
言って、遠くから炎柱が天を穿つ。まだ戦闘は継続している。やはり童子切安綱一人だけでは荷が重たく、早急な応援が彼女には必要不可欠だ。
「三日月さん! この道を少し進んだところで俺達がさっき救助した人達がいますので、よろしくお願いします!」
「ま、待ってください悠さん! どこへ行くつもりですか!?」
「俺と鈴は安綱さんの応援に向かいます。一人で戦うよりも、三人ならきっと……!」
仲間を弔う戦いに水を差すような真似は、彼女の誇りを考慮すればするべきではないやもしれぬ。それでも彼が救援に向かおうとするのは、童子切安綱に死んでほしくないと悠自身が思っているから。死んでしまっては仲間の無念も果たせまい。助太刀することも、彼女の仲間であるのならば、きっと理解もしてくれよう。
「い、いけません! そんな危険な場所に悠さんを向かわせるなんてこの私が――」
「じゃあ私も行きますぅ」
「小烏丸!?」
「悠さん酷いですよぉ。ここまで一緒に行動してきたのに私だけ置いてけぼりにするつもりだったんですかぁ?」
「……いいのか?」
「まだ悠さんの独占取材中ですからねぇ。終わるまで最後まできっちりお傍にいさせてもらいますよぉ!」
「……ちっ」
「……わかった。それじゃあ小烏丸、もう少しだけ俺に付き合ってくれ――三日月さん、それじゃあ!」
「あ、悠さん!」
制止する三日月宗近を後にして、悠は炎柱を目印に町を駆ける。
――私も戦う――
「え……?」
「ど、どうかしたの主!?」
「い、今……声が聞こえてきた」
「こ、声? ボクには何も聞こえなかったけど……」
「私もですぅ。この辺りは恐らくですけどぉ、もう三日月宗近さん達が救助したから大丈夫なんじゃないでしょうかぁ?」
「……違う。誰かが助けを求めたりとか、そういうんじゃない。今の声は……!」
悠はポケットから虹色水晶を取り出す。
「これは……」
地底で拾った時には確かになかった輝きが、虹色水晶より発せられている。優しくて、温かい……まるで海に抱かれているかのような。だが、何故ここにて急に……。その疑問への返答が、視界に隅にて顔を覗かせた。
鍛冶屋――悠のような剣士には、なくてはならぬ場所。人の気配が皆無であることから、中の住人はとうに避難していて、立ち寄る必要がないにも関わらず悠が足を踏み入れたものだから、これには彼の愛刀も困惑を禁じ得ない。
「ちょ、ちょっとどこに行こうとしているのさ主! そっちは鍛冶屋で、誰もいないから用なんてないじゃない!」
「あぁ、そんなことは俺も言われなくてもわかっている。けど……」
目線を手元に落とす。仄かが輝きを発して物言わぬ水晶が手中にて鎮座しているのみ。
「……こいつが俺に言ってくるんだ。自分も戦わせてくれってな」
「主……」
店の中は鬼の被害に見舞われている中で比較的きれいなまま残されていた。土足であがることを心中にて詫びながら、悠が目指すは工房。どれもこれも年季が入っていて、長年愛用され続けてきたことが伺えるそれらに、悠は手を伸ばした。
台の上に折れた三本の太刀、そして虹色水晶を置く。これで準備は整った。悠は剣士であって、刀を作ることは専門外である。当然ながら経験などないし、たかが数回目にしただけで真似ができれば、それはもう天才だ。生憎、結城悠と言う人物はそっちの方面にかけては凡人以下に部類される。
さて、そんな男がこれから鍛冶師の真似事をしようとしているのだから、悠は苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
それでも、これでいい。こうすることが正しい行動だ。根拠なき自信に導かれるがまま、悠は手にした金槌で力いっぱいに素材目がけて振り下ろした。
白き炎が殺風景な工房にて燃え盛る。至近距離で炎を浴びている悠は、微動だにしない。
不思議と熱くない。これが烈火であったなら一人分の焼死体ができあがっていようものの、優しいぬくもりでは人は焼き殺せまい。また大火事になっていてもおかしくない火力なのに、建物全体が炎に包まれる気配もなし。
「この白い炎は……」
―――わたくしを生んでくれて、ありがとう……――
「さっきの声……!?」
――これよりわたくしは、あなたの剣となり盾のなることをここに誓いましょう――
「だ、誰なの!?」
「私にもわからないですよぉ!」
「どこにいるの!? ボクの主に手を出そうっていうなら容赦しないんだからねっ!」
「……あのぉ、もしかしてですけどぉ。この白い炎が喋ってるんですかぁ!?」
「へっ?」
間の抜けた愛刀によってやり取りに一旦しめられると、炎がふっと消えて――代わりに女武者が現れた。
重鎧を纏う彼女は勇ましさよりも、美しさが一際目立つ。その要因となっているのが、イエローダイアモンドの長髪であろう。本当に宝石でできているかのように、さらりと流れればきらきらと輝きを見せつける。
(きれいだ……)
隣で千年守鈴姫が嫉妬の眼差しを至近距離から浴びていることさえも気付かぬほど、悠は女武者に見惚れていた。
「はじめまして悠さま。貴方様と、そして彼女達の願いによって、わたくしはこうして現世へと生まれることができました」
「さ、様付けで呼ばれるのは初めてだな……」
「何をデレデレしてるのかな? 今はそんなことやってる暇がないとボクは思うんだけど」
「だ、誰もデレデレはしてないだろうが!?」
「やっぱり千年守さんって怖いですぅ……」
「そ、そんなことよりもだ! えっと、あなたは……?」
「ふふっ。わたくしは――」




