第七十四話:調査
現在空きとなっているその部屋は、悠から見れば相応な広さを持っていた。主に五人が使用するにはいささか大きすぎて、しかしながら、ものの数秒で殺伐とした空気で満たされてしまった。
原因はこの部屋に悠らが通された時点で、誰しもが理解していて――尚も解決に至らない理由が己にあることを、悠は左肩を見つめる中で再度認識する。
「ん……久しぶりに悠の肌を舐めれた……ふふ、ふふふふふ」
「い、いいから早く終わらせてくれ……。本当に嫌なんだよ舐められるのは!」
「ねぇどいてよ。ボクの主があんな目に遭ってるんだからボクがなんとかしなくちゃ……ボクがその女を斬り殺さなくっちゃ!!」
「落ち着いてください千年守さん! お気持ちはわかりますけど、彼女の刃戯による力は本物ですから! いや本当に私も見ていてとっても腹立たしいですけども!」
「一応あれでも僕らの仲間だから……抑えて抑えて!」
「えぇい! 何故拘束具をされているにも関わらないのに、貴様はどこからこれほどまでの力を発揮しているのだ!!」
「ねぇちょっとそろそろ手が痛くなってきたんだけど! 光世もう休んでもいい? 交代してよ数珠丸」
「こ、交代したばかりじゃないですか!!」
(なんだこの空気は)
騒がしい光景を前に肩をべろべろと舐める光景は、さぞ奇怪であるに違いない。そうした中で治療を施された左肩は、元の形へと戻っていて――愛刀のせいで、その傷が開きそうな状態に陥っていた。
まずは落ち着け。一心不乱で手ぬぐいで拭いてきた千年守鈴姫を落ち着かせたところで、さて。ひりひりと熱感を帯びた幹部から痛みが大分落ち着いてきた頃、悠はゆっくりと口を開く。
動かした視線の先には、固く口を閉ざす童子切安綱がいる。
「安綱さん……」
「わかっている。あの時どうして我が楓を吼丸と口にしたか……であろう? 我自身もまだ信じられん。だが、あの時楓が見せた刃戯は確かに吼丸の【吼剣奮迅】だった」
一呼吸の間が置かれる。その間で意を決した顔を作り上げると、童子切安綱が語り始める。
「かつて我は吼丸、薄緑、蜘蛛切の四名で討伐隊として行動を共にしていた。どの御剣姫守も我に勝らずとも劣らずの実力者ばかりであった……」
彼女が発した名前ならば、悠はよく知っている。
なにせ先の三振りはすべて、元々は一振りの太刀が改名されたものであるからだ。太刀の名は、膝丸。罪人を斬った際に膝まで到達したことが由来を持つ、髭切と並ぶ源氏重宝の太刀だ。
どうやら高天原においては個々として存在していたらしく、ならばどうして姿をまるで見せないのか。これから語られるであろう童子切安綱の言葉を、悠は気持ちを改めて待つ。
「ある日、我々はとある鬼の討伐に赴いた。いつも数多くの鬼を斬り伏せてきた我々は、己の腕に過信していたのであろうな。どれだけ強大な敵であったとしても、我ら四人がいれば決して負けることはない、と……」
「その、鬼……というのは?」
「……鬼の名は、土蜘蛛」
「土蜘蛛……!?」
土蜘蛛とは、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑、豪族。賊魁などに対する蔑称として用いられていたが、近年以降は妖怪として広く認識されるようになっている。妖怪としての土蜘蛛は日本を魔界へと変えようと企み、源頼光によって討伐された。蜘蛛切への改名もここからきている。
土蜘蛛の名が出た時、童子切安綱が歯を強く食いしばった。悠は察してしまう。童子切安綱がいること、先の三名がいないこと、これらを結ぶ一つの仮説が正しいことは、傾聴している三日月宗近らの挙措が肯定してくれている。
もう十分だ。これ以上童子切安綱の口からトラウマを語らせる気も、そこまでして聞きたいなどとも悠は思っていない。
「葛氣山に赴き、土蜘蛛と対峙した我々は戦った。そして最初の犠牲になったのが吼丸と薄緑。彼女達が命を賭して我と蜘蛛切を逃がしてくれた。そしてその蜘蛛切さえも、我のために――」
「もう、充分ですよ安綱さん……」
「悠……」
「なんとなくながら、事のあらましは理解できましたから。問題はどうして現代、このタイミングで楓が吼丸さんの刃戯を発動させたのか――いや、赤の他人であるはずの楓が保有していたのか。まずはそこから考えるべきじゃないでしょうか」
「そう、だな。楓については謎が多すぎる。だが、あの時の事件と何かしら関係があることは確かであろう」
「となると、やはりその答えは葛氣山にある……ということでしょうか」
「もう一度行ってみる必要があるな。葛氣山へ……」




