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第五十八話:親子そろっての朝

今回のお話は短いです。

 悠にとって、穏やかな睡眠を取り戻せたのは実に最近のことだ。

 それもこれも、既成事実を作らんとする御剣姫守けものどもによる妨害があったからに他ない。

 そんな苦労も、今は愛刀がすっかり解決してくれた。彼女が傍らにいてくれる限り、悠の安眠へいわは保たれる。


 そうしていつも迎えている穏やかな朝はこの日、鈍痛と共にやってくた。

 腹部にずしりと伸し掛かった重みに、もしや敵襲かと意気込んだ己が馬鹿馬鹿しくなってしまうほどの元凶が、心地良さそうに寝息を立てている。

 隣の布団から抜け出した遥希――童子切り安綱どうじきりやすつなが命名――が、他人の腹の上で眠っている。親としても、この寝相の悪さは想像していなかった。


 ひとまず、声を掛けてみる。すぅすぅと眠っているところを起こすのは忍びないが、だからといつまでも乗られていては悠としても身動きが取れない。


「おい起きてくれ。寝るなら隣にいる安綱さんの布団に戻ってくれないか……?」

「…………」

「……おいおいマジか」


 反応はない。彼女の意識を現世へと引っ張ってくるには、あまりにも弱かったらしい。

 ならば致し方なし。なんとか布団の外に出せた右腕で、小さな身体をちょいと揺さぶってやることにした。力加減はもちろん弱めにするのも忘れずに。


「お~い、お願いだから起きてくれ。そろそろどいてくれないと、俺としても困るんだ」

「むぅ……」

「頼むから、いや本当に。早くしないとあの二人が……!」


 悠はこの後、朝食を作らねばならない。それがどれだけ重大な任務であるかをわかっているからこそ、遥希を起こす悠の声には焦りが孕んでいる。

 たかが朝食如きで大袈裟な……、と。何も知らない輩はきっとそう口にするに違いない。間違ってはいない。

 たかが朝食だ。遅れたとしても食べられるのだから、それでよいではないか――などと。そうのたまう連中も、生物兵器ダークマター垣間見かいまみれば同じ台詞は吐けまい。

 桜華衆おうかしゅうには生物兵器ダークマターというとんでも料理を作り出せるすごい奴がいる。

大典太光世おおてんたみつよ数珠丸恒次じゅずまるつねつぐ――彼女らに台所に立たそうものならば、その時はきっと国一つが呆気なく崩壊しよう。冗談を抜いて。


 こうしている間にも、ひょっとするともう台所にいるかもしれない。やる気があることは悠も否定するつもりは毛頭ないし、せっかくの意欲を損なわせるような無粋な真似もしたくはない。

だが、絶望的にまずいのだ。味覚によるものであったなら、どれだけマシなことだったかと、そう心から思えるほどに。


 やむを得ない。悠は遥希をどかすことを選んだ。強引であることは否めないが、全員が腹痛……ないし命を落とすことに比べれば、かわいらしい犠牲だ。

横から布団を捲り上げてやった。あっという間に遥希巻ができあがった――というのにこの娘ときたら。


「ま、まだ起きない……」


 あろうことか、自ら中へと縮こまり、頑なに起きることの拒否している。目覚めが悪いにしても、限度がある。

もはや怒る気力もすっかり失せてしまった。これが遥希の、いや子供だけが持つ魅力なのだろう。親がつい甘やかしたくなる気持ちが、なんとなくながらもわかる気がする。自分の家庭は、これには当てはまらなかったが……。


 さて、愛娘からの拘束より解放された悠は、右から感じる気配に顔を向けた。ぱっちりと開かれていた藍色の瞳に、唖然としている己が映っている。声に挙げそうになったのを堪えたことは、褒められてもいい。

 それはさておき。鼻先が触れるまでずいっと近付けられた顔に、悠は小声で話し掛ける。


「す、鈴……!?」

「おはよう悠。昨日の今日なのに随分と好かれているみたいだね。安綱さんとも、まるで夫婦みたいに接するしさ……」

「ご、誤解だ……! お前だってわかってるだろ? そ、そんなことよりも早く台所に行かないと……!」


 部屋を飛び出すまで感じていた千年守鈴姫ちとせのかみすずひめの視線を振り切って、悠は台所へと向かう。

 近付くにつれて鼻を刺激する異臭が、悠の表情をより険しくさせる。どうやら一足ばかり遅かったらしい。


(いや、まだ間に合うはずだ……!)


 大刀をすらりと抜いた。料理をする神聖なる場所で不相応な行動も、問題児二人がそろっていることが条件で限定的に許される。

 ぞわりと、肌が粟立った。もう一刻の猶予も残されていないと悟った悠は床を蹴り上げる。一歩でも早く、本気で踏み抜いたものだから踏んだ分だけの穴がぼこりと開いていくが、そこは天下五剣が面倒を見てくれよう。


 暗黒料理ダークマター死すべし――悠は台所の扉を蹴破って、いた。今正に地獄の窯――という名の鍋から這い出ようとしている怪物に、悠は剣先を一気に突き刺した。

 緑色の体液が飛び散った。耳障りな奇声に鼓膜が破れそうになる。

 構うものか。これは高天原くにを救う戦いである。悠は鬼の貌をもって暗黒料理ダークマターにとどめをくれてやる。

 一閃。鍋ごと両断されて、()()()に包まれながらようやく絶命したのを確認して、ほうっと一息吐いた悠の顔は安堵に満ちている。


 一方で方や驚愕、片や不服と異なる感情いろを顔で示した者達がいる。

 今回の首謀者に、悠の眼もいつになく鋭い。驚かれるのはまだしも、恨んでくるのはお門違いにも程があろうが。栗毛のツインテールの娘は、自らに非があることをそろそろ理解した方が今後のためになろう。


「……どうして二人が台所にいるんですか? 俺、昨日作りますからって言いましたよね?」

「だって今日はホントなら光世と数珠丸の当番だし? それにここで男子力を見せれば安綱よりもできる女だって証明できるじゃん?」

「あれから二人で特訓しましたので」

「破壊力の間違いでしょうに。また国を危険に晒すつもりだったんですか。それに特訓の成果が全部悪い方向にいっちゃってるじゃないですか。もう俺が朝食の用意をしますから、お二人は早くお部屋に戻ってください」

「じゃあ光世も手伝うから。手伝うのなら大丈夫でしょ?」

「いえ、一人でやった方が圧倒的に効率がいいので大丈夫です」

「辛辣すぎやしない!? 光世だってできるようになったんだからね!」

「朝から何を騒いでいる! まったく……どうして貴様らがいるんだ。厨房には二度と立ち寄るなとあれだけ言っただろうに!」

「出禁喰らっていたんですか……じゃあ尚更駄目ですねお帰り下さい」

「は、悠さんが冷たい……」


 よよよ、と泣き崩れる数珠丸恒次じゅずまるつねつぐと、抗議を続ける大典太光世おおてんたみつよを引っ張ていく童子切り安綱かりづまの後姿を見送って、さて。


「この散らかりに散らかった台所を、まずはなんとかしないといけないな……」


 悠の盛大なため息を知る者は、この場において誰もいない。


数珠丸恒次も大典太光世も幽白でいうところのSランク級なのに、いつしかギャグ要因となってしまっていることが否めないwww

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