表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/155

姫の夜這い大作戦

時系列的には第二部の終章辺り。

主人公が、元居た世界での愛刀――千年守鈴姫ちとせのかみすずひめを連れて帰った間もないころのお話になりますかね。

 上質な天鵞絨びろうどの布を敷いたかのような空に、白い満月が一際目立っていた。眠る町を静かに照らす、冷たくも神々しい月光はすべてを照らし出す。

 静まり返った廊下を忍び足で進む不逞な輩さえも、例外ではない。


「もうすぐ……もうすぐです」


 真っ白な布を頭からすっぽりとかぶり、さながらお化けのような恰好で廊下を渡っているのは姫鶴一文字ひめづるいちもんじだった。


 彼女の足は、結城悠のいるし部屋へと向かっている。

 要するにこれから彼女がしようとしているのは、いわゆる夜這いであり、お化けのような格好も姫鶴一文字ひめづるいちもんじなりに考えた正体の隠し方だった。


 もっとも、声を聞けばすぐにバレるし、事を成す時には布を脱がなければならないから、まるで意味などないのだが。当事者はそのことに気付かない。

 さて、他の者らに悟られぬようにと慎重に歩を進めていた彼女は、ついに寝室の前まで辿り着いた。ここまでに要した時間は、およそ十分。普通にしていればすぐに行き来できる距離でも、今宵のために細心の注意を払っている。

 失敗は、絶対に許されない。今日こそ愛しい義兄と結ばれるために。姫鶴一文字ひめづるいちもんじは一寸の気の緩みも妥協しない。そのために入念に計画までしてきたのだから。


「ついに……ついにお兄様のお部屋にきました」


 生唾をごくりと飲み込んで、姫鶴一文字ひめづるいちもんじはゆっくりと扉を開ける。きぃっ、と微かに鳴った開閉音にびくりと身体を打ち震わせたが、微かに聞こえてくる心地良さげな寝息に、ほっと胸を撫でおろしたところで、さて。

 姫鶴一文字ひめづるいちもんじはゆっくりと標的に近寄った。

 標的がよく眠っている。夕食の飲料に仕込んでおいた睡眠薬が効いていることに、姫鶴一文字ひめづるいちもんじは満足そうに口元を歪めた。


(あぁ……ついにお兄様と一緒に!)


 いそいそと姫鶴一文字ひめづるいちもんじは服を脱ぎ始める。仰臥位ぎょうがいのまま微動だにせず眠ってくれていることも、今日に限っては幸運でしかない。後は跨ってしまえば、それで事足りる。


(姫はまだ経験してないですけど……でも、それはお兄様だってきっと同じはず! お互いに初めてなら、きっと気持ちよくなれるはずです!)


 ばくばくとうるさく鼓動する心臓の音でさえ、今の姫鶴一文字ひめづるいちもんじには心地良くすらあった。いよいよ事に取り掛からんと、まずは布団を剥ぐところから始める。

 ゆっくりと慎重に。決して起こさぬように。自身に何度もそう言い聞かせながら、ついに布団の端を掴んで――背後より迫る殺気に、姫鶴一文字ひめづるいちもんじは咄嗟にその場から飛び退いた。

 わずかに遅れて、銀閃が虚空を駆け抜ける。

 鋭い風切音が鳴ったことから、それが白刃であることは確認するまでもなかった。

 後少しでも反応が遅れていれば……。


「だ、誰ですか!?」

「それはこっちの台詞だよ……ボクの悠に主に何をしようとしていたのかな? かな?」

「って、あ、あなたはお兄様の……!!」

「ちょっとお話ししようか。とりあえずそっちの言い分は聞く気もないから。だって主に手を出そうとしたんだもん、当然の報いだよね……?」


 すらりと音を立てて、腰に控えられていたもう一振りも抜き放たれる。

 二刀流。それも結城悠ゆうきはるかとまったく同じ構え。

 元いた世界にて彼の愛刀であったという彼女――千年守鈴姫ちとせのかみすずひめが、高天原へと来たことで御剣姫守にんげんとなったと紹介された時の姫鶴一文字ひめづるいちもんじの心境は決して穏やかではなかった。

 愛刀だから傍にいつもいられる。そのことが、ただただ悔しくて、我慢ならない。自分だって彼の傍にずっといたいのに。どうして後からやってきた分際で、それが許される。姫鶴一文字ひめづるいちもんじも自らの半身を抜刀する――全裸で。


「ここじゃなんだから、お外……行こっか?」

「望むところです」


 言うが早いか、姫鶴一文字ひめづるいちもんじ千年守鈴姫ちとせのかみすずひめは白刃を交えながら外へと飛び出していった。



――翌朝。


「昨日夜遅くに服を着ない変態と鬼のような形相をした女があちこちを壊し回ってたって報告がきてるんだけど……何か知らないかい?」

「…………」

「…………」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ