姫の夜這い大作戦
時系列的には第二部の終章辺り。
主人公が、元居た世界での愛刀――千年守鈴姫を連れて帰った間もないころのお話になりますかね。
上質な天鵞絨の布を敷いたかのような空に、白い満月が一際目立っていた。眠る町を静かに照らす、冷たくも神々しい月光はすべてを照らし出す。
静まり返った廊下を忍び足で進む不逞な輩さえも、例外ではない。
「もうすぐ……もうすぐです」
真っ白な布を頭からすっぽりとかぶり、さながらお化けのような恰好で廊下を渡っているのは姫鶴一文字だった。
彼女の足は、結城悠のいるし部屋へと向かっている。
要するにこれから彼女がしようとしているのは、いわゆる夜這いであり、お化けのような格好も姫鶴一文字なりに考えた正体の隠し方だった。
もっとも、声を聞けばすぐにバレるし、事を成す時には布を脱がなければならないから、まるで意味などないのだが。当事者はそのことに気付かない。
さて、他の者らに悟られぬようにと慎重に歩を進めていた彼女は、ついに寝室の前まで辿り着いた。ここまでに要した時間は、およそ十分。普通にしていればすぐに行き来できる距離でも、今宵のために細心の注意を払っている。
失敗は、絶対に許されない。今日こそ愛しい義兄と結ばれるために。姫鶴一文字は一寸の気の緩みも妥協しない。そのために入念に計画までしてきたのだから。
「ついに……ついにお兄様のお部屋にきました」
生唾をごくりと飲み込んで、姫鶴一文字はゆっくりと扉を開ける。きぃっ、と微かに鳴った開閉音にびくりと身体を打ち震わせたが、微かに聞こえてくる心地良さげな寝息に、ほっと胸を撫でおろしたところで、さて。
姫鶴一文字はゆっくりと標的に近寄った。
標的がよく眠っている。夕食の飲料に仕込んでおいた睡眠薬が効いていることに、姫鶴一文字は満足そうに口元を歪めた。
(あぁ……ついにお兄様と一緒に!)
いそいそと姫鶴一文字は服を脱ぎ始める。仰臥位のまま微動だにせず眠ってくれていることも、今日に限っては幸運でしかない。後は跨ってしまえば、それで事足りる。
(姫はまだ経験してないですけど……でも、それはお兄様だってきっと同じはず! お互いに初めてなら、きっと気持ちよくなれるはずです!)
ばくばくとうるさく鼓動する心臓の音でさえ、今の姫鶴一文字には心地良くすらあった。いよいよ事に取り掛からんと、まずは布団を剥ぐところから始める。
ゆっくりと慎重に。決して起こさぬように。自身に何度もそう言い聞かせながら、ついに布団の端を掴んで――背後より迫る殺気に、姫鶴一文字は咄嗟にその場から飛び退いた。
わずかに遅れて、銀閃が虚空を駆け抜ける。
鋭い風切音が鳴ったことから、それが白刃であることは確認するまでもなかった。
後少しでも反応が遅れていれば……。
「だ、誰ですか!?」
「それはこっちの台詞だよ……ボクの悠に主に何をしようとしていたのかな? かな?」
「って、あ、あなたはお兄様の……!!」
「ちょっとお話ししようか。とりあえずそっちの言い分は聞く気もないから。だって主に手を出そうとしたんだもん、当然の報いだよね……?」
すらりと音を立てて、腰に控えられていたもう一振りも抜き放たれる。
二刀流。それも結城悠とまったく同じ構え。
元いた世界にて彼の愛刀であったという彼女――千年守鈴姫が、高天原へと来たことで御剣姫守となったと紹介された時の姫鶴一文字の心境は決して穏やかではなかった。
愛刀だから傍にいつもいられる。そのことが、ただただ悔しくて、我慢ならない。自分だって彼の傍にずっといたいのに。どうして後からやってきた分際で、それが許される。姫鶴一文字も自らの半身を抜刀する――全裸で。
「ここじゃなんだから、お外……行こっか?」
「望むところです」
言うが早いか、姫鶴一文字と千年守鈴姫は白刃を交えながら外へと飛び出していった。
――翌朝。
「昨日夜遅くに服を着ない変態と鬼のような形相をした女があちこちを壊し回ってたって報告がきてるんだけど……何か知らないかい?」
「…………」
「…………」




