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世界救済のハジマリ⑩


「【マジック・リミット】」


 魔法具店から出た俺は、アイラを連れて適当な路地に入った。


 店主に(ほぼ無許可で)魔法具を借りてきた俺だったが、このままではろくに使えない。魔力の制御ができないからな。ただでさえ反動が怖い『火竜の腕輪』を素の俺が使えばどうなるか、正直考えたくもない。


 しかし急ぐというなら火竜の腕輪の使用は必須だ。


 パワーだけでなくスピードも強化するこの腕輪を使えば、おそらくそのまま走っていくよりは短時間であの女のもとにたどり着けるだろう。


 では、どうするか。


 その答えが魔法陣《これ》だ。



 【マジック・リミット】。



 術者の魔力量に応じて、対象の魔力を抑え込むという俺が唯一使える魔法陣。


 これを俺自身に使うことで、俺のぶっ飛んだ魔力をギリギリ人間の範疇まで抑え込むことができる、とここ一週間の修行で理解していた俺は、迷わず自分の手に魔力インクで術式を描き込んだ。


 さらにもう一度。


「【マジック・リミット】!」


 今度の対象は火竜の腕輪だ。


 反動がエグい、という火竜の腕輪の効力を反動が致命的にならないくらいまで弱めるのが目的である。【マジック・リミット】で魔力を抑えてやれば、俺でも何とか使える。……と、思う。


 ……大丈夫だよな? 何だかノリでここまでやってしまったが、他にもっと安全な方法があったような気がしないでもない。


 まあ今更どうしようもないのでこのまま行くとしよう。何かあったらあの女に責任取ってもらえばいいや。


「よし、準備完了だ。そっちはいいか?」


「うん」


 【マジック・リミット】をかけた火竜の腕輪を装備し、パクってきた他の魔法具はポケットにねじ込み、俺はアイラに声をかけた。


 俺は橘が今いる場所を知らない。道に迷っている場合でもないし、アイラに案内してもらう必要がある。


 アイラにとってはさっき逃げ出した場所にノコノコと戻ることになるが、この幼女はまったく躊躇なく首を縦に振った。「お姉さんが心配だから」とのことだ。肝が据わっている。俺はこんなにもびびっているというのに。


「よし、ほれ」


 と、アイラをおんぶの体勢で背負った俺は、深呼吸して、火竜の腕輪へと魔力を流した。



 ーー起動。



 だんっ! と、俺の足元から地面を割り砕くような音が鳴った。


「づっ……!?」


 驚きと鈍い痛みに顔をしかめたのと同時、視界が物凄いスピードで流れた。おい、俺まだ一歩しか動いてないぞ! どうなって、


「お兄さん、前、前っ!」


「は? ーーうおおあああああっ!!」


 壁にぶつかりかけた。慌てて方向転換し、何とか前方の安全を確保する。走りっぱなしで。


「お、お兄さん、大丈夫っ?」


「あ、ああ、ははは、何だこれすげえ! 速えええ!」


 もはや自分の足で走っているという感覚がない。飛んでいるような気分だ。レンガ造りの建物をびゅんびゅんと追い越し、街中を疾走していく。


 なるほど確かにこれは凄い。弱めた威力でこれとは、魔法具店のおっさんが自慢するわけだ。


「お兄さんそこ右! あっち!」

「あいよ!」


 火竜の腕輪の効果だろうか、背負っているアイラの重さがほとんど感じられない。もはや走るというより跳躍を繰り返すように、アイラの指示に従って路地裏を突き進んていく。


 走り出してからスラム街まで到達するのにおよそ三分。そこからさらに二分ほど走ったところで。


「ーーあそこ!」


 アイラが大声を出しながら指で直前上の巨大な家屋を指さした。


 巨大な建物だ。塀があり、屋敷はスラム街に入ってから見たどの建物より規模が大きい。


 扉の外れかかった入り口が見えた。


 なるほど、あそこね。


 俺はまず減速しようとーー


「あり?」


 止まれない。


「ちょっ、お兄さ」


 凄まじい音を立てて俺はドアをぶっ飛ばして屋敷の中に突っ込んだ。


「っぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」

「うひゃあああああああああああああああああああああぁーっ!」


 二人分の絶叫が響いた。


 止まれなかった! 減速すらできなかった! というかあんな速度を殺したら足がえらいことになるくらい最初から気づけよ馬鹿なのか俺は!


 などと内心で叫びながらゴロゴロと廃屋の中を転がり、背中から壁に激突した。何とかアイラが叩きつけられないように努力したが、痛いのと目が回ったのとでふらつきながらも何とか立ち上がる。


「ちょっ、げほっ、埃やべえ……そして体超痛てえええええ……っ!」


「お兄さんしっかりして! あ、お姉さん! 助けに来たよ!」


「アイラ……? それに、あなたは……?」


 立ち上がった俺が見た光景は、おおよそ予想通りの状況だった。


 広い屋敷のエントランスには気絶したチンピラたちがそこら中に転がっている。


 その中央で、赤毛の剣客少女は八人のチンピラに囲まれて立っていた。


 その姿は、いつもの凛とした立ち姿とは大きく異なる。


 整った顔立ちは腫れたほおと口元の血ですっかり汚れていた。服はところどころ破れ、鮮やかな炎髪も無残に乱れている。離れた場所からでも大量の打撲痕や擦過傷、内出血が視認できた。


「何だ、てめえら……?」


 チンピラたちの中心にいるスキンヘッドの大男が巨大な鉄の棒を振り上げた姿勢のままあっけに取られたように言った。他の不良どもも似たような表情で固まっている。


「……」


 そいつらを順に見回して、俺はーー


「ぶっは」


 思わず噴き出した。


「わはははははははははっ! だっせええええええええー! マジかよ橘、お前あんな大口叩いといて死にかけじゃねーか!」


「は……?」


「え? 何だっけ? おたく朝俺に向かって何て言ったっけ? 弱い男が嫌い? 私はあなたと違って強い? あっれー? 強いんじゃないの? だったら何でボコボコにやられてんのー?」


「……は?」



 何だか橘の目が殺気を放ち始めた気がするが、俺は容赦なく笑ってやった。死にかけの橘を指さして。


 だってこんな機会はそうそうないぞ。あの鬼のように強い女が弱っていて、俺は助けに来た立場。こんなに心置きなく好き放題言えるチャンスなんてめったにない! ここで煽らずしていつ煽る!


「ねえねえどんな気持ち? 弱っちいシグレ君に助けられてどんな気持ち? はっは、人のことを弱いだの役に立たないだのと言ってるからそんな目に遭うんだバァァァァァァカ!」


「……ッ」


「あ、あの、お兄さん? お姉さん? 今はそんなことしてる場合じゃ……」


 橘の頭に青筋が浮かんだ。アイラがあわあわと俺と橘の間で視線をさまよわせ、チンピラたちも呆然としている中、橘は、


「黙って聞いていれば、何なんですかあなたは!? そんなことを言いにわざわざ来たんですか!?」


「お、お、言い返せないからって逆ギレか? 女々しいやつだな、そんなんだからあんな三下どもにボコられるんだよ!」



「「「……三下?」」」



「私がこの小物たち相手に手こずったのは色々事情があるんですよ! 何も知らないくせに勝手なこと言わないでください!」



「「「……小物?」」」



「はっ、言い訳ですかそうですか。女々しいやつだな、ゴリラみてーな強さしてるくせになあ!」


「ッ……私がゴリラならあなたはもやしでしょう! あの連中の前にあなたを成敗しますよ!?」


「はっは、そんなザマでやれるもんならやってみろや! まあ今の俺はお前相手でもそうそう負けねー自信があるけどな!」


「上等です、そこへ立ちなさい!」


「かかってこいや!」


「「「てめえらいつまでやってんだああああああああああ!!」」」


 チンピラたちが唐突にキレた。


「いきなりやってくるなり何なんだてめーは! いいところが台無しじゃねェか!」


「番犬女の前にてめーもボコボコにすっぞ!?」


「ってかてめえ、前に俺たちにカツアゲされかけたヘタレ野郎じゃねえか! 何しに来やがった!」


 目を血走らせて鉄パイプ、ナイフ、瓦礫といった武器を構えるチンピラたち。いかん。こんなことをしている場合じゃなかった。


「橘! 一時休戦だ! こいつらを何とかするぞ!」


「ええ。あなたを消したあとでよければ」


「お前は一時休戦って言葉の意味を知らねーのか!?」


 というかさっきまで死んだ魚みたいな目をしていたくせにどうしてあの女はいきなり好戦的になっているんだ。戦闘民族か。


 じりじりと俺とアイラの方にも寄ってくるチンピラが四人。残り半数は橘の方に包囲網を狭め始める。


「……っ」


 橘の表情がわずかに焦る。当たり前だ、どんなに威勢のいいことを言ってもあいつが満身創痍であることに変わりはない。このままじゃあ俺もあいつもボコられて終わりだ。


「お兄さんっ……」


 アイラが心配そうな声を出して俺の服の裾を握ってくる。


 だが問題ない。この程度なら物の数に入らない。


 何せ俺も橘も、欠陥付きとはいえーーこの世界を救済するために呼ばれたのだから。


「橘っ!」


「……?」


 俺は火竜の腕輪を外して橘に放り投げた。それを受け取った赤毛の剣客少女は、訝しげな表情で俺を見る。


 が、俺の『腕につけろ』というジェスチャーの意味を察して、怪訝そうな表情のままそれを装備して。


 すぐにあいつもその意味を察したらしかった。目を見開き、ゆっくりと寄ってくるチンピラたちの動きを観察し始める。あれはもう、あの女が戦う時の表情だ。


 あれであっちはもう問題ないだろう。


 残る問題はこっちだがーー


「よう兄ちゃん、いい度胸じゃねえか」


「あの番犬女助けに来たって? カッコイーねえ」


 俺の服を掴むアイラの手に力がこもった。

 うーむ。あまり頼られるのに慣れてないんだがな、俺は。


 にじり寄ってくるチンピラ四人の前で、俺はポケットに手を突っ込んで指輪を取り出し、右手の中指に嵌める。



 俺は荒事が苦手だ。生前はオタクでがり勉と、戦闘に関するスキルはまったくない。


 だがまあ、正直言ってまったく負ける気がしなかった。


 なぜなら。


「……お前らって最初見た時から思ってたんだけどさ」


「あ?」


「何だよ?」


 俺は魔法具である指輪を嵌めた手を構えて。


「ーーやられ役のモブにしか見えない」


「「「上等だテメェぶっ殺す!」」」


 廃屋の中に荒っぽい怒号が響き渡った。


 次回更新は近日中に!

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