世界救済のハジマリ⑧
「あのクソガキども……よりによって買ったばっかの感応紙を……」
俺は魔法具店を目指して歩いていた。
朝、あの剣客少女と別れたあと、俺はなんとなく釈然としない気分のままいつものように噴水広場に向かった。言うまでもなく魔法陣について師匠に教わるためだ。
そこで俺はいつものように術式の書き取りをし、子供たちに魔法を教える師匠の手が空いていればわからないことを質問したりといつものように修行に励んでいたわけだが、そんな俺にいきなり大水がぶちまけられた。
またゴンタが悪戯してきたのかと思ったら、意外なことにゴンタよりも常識のあるミツヒの仕業だった。どうも新しい魔法の練習をしていたようで、それに失敗して俺を水浸しにしたとらしい。
わざとじゃないようだったのでそこは不問にしたのだが、問題はゴンタのほうだ。
ミツヒとのやり取りを見ていたあのクソガキは、真っ正面から俺のほうを向いて【アクアシュート】を放ち、俺を濡れ鼠にした後こうのたまった。
『ごめんシグレ! 練習してたらミスっちゃった! わざとじゃないから許してくれよなっ☆』
戦争の始まりである。
その後何があったのかは割愛するが、気がついたら懐に入れっぱなしだった感応紙はぐしょぐしょになり、師匠にひとしきり説教されたあと再び魔法具店に向かっているというわけだ。
あのガキ今度絶対シバく。
「それにしても……」
ところで、思い返してみればゴンタとの諍いで実害が出たのは初めてだったりする。
なぜ今日に限って、とは考えるまでもない。
止めるやつが不在だったからだ。
「……アイラのやつ、風邪でも引いたのかね」
あいつがいればこうなる前に止めてくれただろうに。
噴水広場にやってくる子供は日によって増えたり減ったりするが、俺の知る限りゴンタとアイラは皆勤賞だ。
あいつがいないなんて珍しいこともある。
そんなことを考えていたからだろうか。
角を曲がった俺の腹あたりに、何かがぶつかった。
「っと……」
向こうから走ってきた誰かがぶつかってきたらしい。一体誰だよ、と視線を下げた俺はそこで見慣れた焦げ茶の髪を視認した。
「……お、アイラか? お前リボンはどうしーー」
俺は最後まで言うことができなかった。
リボンがないだけならまだいい。
だが、俺の声に気づいて上を向いたアイラの顔は、汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「おにい……さん……?」
泣きはらした目が俺を見上げている。そこには、いつもの明るさも楽しそうな雰囲気も残っていなかった。一目見ただけでこっちの心臓が締め上げられるような、苦痛に満ちた表情があるだけだった。
「たいへんなの、お姉さんが、」
「は……? おい、待て。何があった」
パニックを起こしかけているようなアイラの様子に困惑させられる。こいつがこんなにも取り乱すことは見たことがない。
「おねえさんが、でも、誰もちゃんと聞いてくれなくてっ、私……人を連れてくるって言ったのにぃ……っ!」
「落ち着け、アイラ。ゆっくりでいいから」
アイラの言葉は支離滅裂で、何を言っているかまったくわからなかった。
だが、俺がきちんと話を聞く姿勢を見せるとアイラはしゃくり上げながらゆっくりと話し出した。
「お姉さんが、悪い人たちと一緒にいるの……ぼろぼろで、血も出てて」
「は……? お姉さんって、あいつか? あいつが?」
「私が悪い人たちにさらわれちゃったから、私を助けるためにっ、私のせいでぇ……!」
俺は断片的なアイラのセリフをつなぎ合わせた。
お姉さん、つまり、あの赤毛の少女が。
さらわれたアイラを助けるために無茶をして。
「ーーこのままじゃ、お姉さんが殺されちゃう……っ!」
そして今、窮地にいる。
ただごとじゃないのはアイラの状態を見ればわかる。ここに来るまでに、何度今の話をしたかわからないが、おそらく信じてもらえなかったのだろう。そりゃそうだ。あの橘とかいう女の強さはこの街にいる人間なら誰でも知ってるし、そうでなくてもここまであからさまな面倒ごとに首を突っ込もうなんてやつはいないだろう。
俺にしたってそうだ。あいつの強さは身をもって知ってるし、悪い人ーー十中八九スラム街の連中だろうが、そんなやつらがどれだけ徒党を組んだところで話にならないだろう。
だが、俺だけは知っている。
あの女の強さが、長い修行のもとに積み上げた不変の実力などではなく、降ってわいた異能に寄り掛かっただけのハリボテであることを、俺だけが知っている。
「……あいつ、やばいのか」
こくり、とアイラが頷いた。
「敵はどれくらいだ?」
「……たくさん」
「そうか……」
あの女が危機的状況に陥るくらいだ。それこそ、数十人単位のチンピラどもがいてもおかしくない。
そんな連中が武器を持って、下卑た笑いを浮かべて。
ーーその中に、あの女が一人で。
「わかった」
アイラが驚いたように俺の目を見た。なんだその驚いたような表情は。
「俺が何とかするわ」
あの女は嫌いだ。口は悪いし、愛想も悪い。俺に対する態度は最悪の一言だ。
けどまあ、借りがある。
チンピラたちから助けられた借りを返済するいい機会かもな。
「できるの?」
「これでも実は結構強いんだぜ、俺」
そんなことを言いつつ俺は頭の中でとるべき行動を整理する。
そのうえで、俺はまず魔法具店に足を向けた。
走り出す。
×××
自分の持ち物を整理する。
羽ペン。魔力インク。荒事で役に立ちそうなのはこの二つくらいだ。
魔法陣を描くために必須のアイテムだが、肝心の感応紙がすべてゴンタによってびしょ濡れになっているのでこのままでは何もできない。
だからこそ、俺はまず魔法具店に向かった。
俺が持っているもの。あの店にあるもの。俺にできること。
これらを組み合わせて俺は『戦闘』をしなくてはならない。
「ふぅーー」
俺には殴り合いの戦いはできない。何とかして魔法を使う必要がある。
さらに、アイラの話ではできるだけ急ぐ必要があるらしい。となると移動時間を短縮する手段も入り用だろう。俺がチンタラ駆けつけた頃にはすでに橘がやられた後だった、なんてことになったら目も当てられない。
というわけで俺は、魔法具店の扉を開けるなり、
「オラァ!」
「いらっしゃぶぁあっ!?」
店主の顔面目がけて入り口から財布を投げつけた。
時間があればこんなことをする必要もないんだが、今はいちいち説明している余裕はない。
女神からもらった硬貨がぎっしり詰まった財布を顔面に食らって店主が目を回している隙に、俺は素早く店内を見回す。
目当ては『火竜の腕輪』だったが、この際いくつか他の魔法具も持って行くか。この青色の魔鉱石がはまった指輪とか、翡翠っぽい色合いのナイフなんかもいいかもしれない。
というわけで俺は手近にあった魔法具二つと、カウンターのそばに置いてあった『火竜の腕輪』を強奪して即座にその場を離脱しようと試みる。
「い、痛てえ……お、おい坊主、てめえ血迷ってんのか!?」
血迷ってーーは、いるかもな。本当に何してんだろう俺。
だがまあ、今更止まることもできない。
「悪いおっさん、これ借りてくぞ! あとそれ代金だから全部くれてやる!」
「あ? ってこれ財布かよ! 坊主一体どういうつもりでーー」
店主はようやく最初に自分に投げられたものが財布だと気づいたらしい。そっちに店主が気を取られた一瞬を突いて俺は店を脱出した。
「坊主、あとで事情説明しねえと許さねえぞおおおおおおお!」
店の中から物凄い声が響き渡ってきた。
やっぱまずかったかな……まあ、自力でこれが収拾できなかったら橘に丸投げしよう。もとはといえばあいつのためにやってることだし。
「お、お兄さん何したの? 何だか凄い声が聞こえてきたけど……」
と、外に待たせていたアイラが困惑気味に聞いてくる。
「気にすんな。それよりさっさと逃げるぞ」
「う、うん」
と、アイラを連れて店から離れる。この状況で店主に捕まったら多分あの女を救出するどころじゃなくなる。
さて、あらかじめ考えておいた逃走ルートで魔法具店から距離を取ったあと、俺はいきなり立ち止まる。
「どうしたの、お兄さん? 早く行かないとお姉さんが……」
「だからだよ。普通に走ったって間に合わないんだろ」
「え?」
俺は懐から魔力インクと羽ペンを取り出した。
「一分くれ。何とかする」
俺がまっすぐアイラの目を見て言うと、アイラは一瞬悩んでから頷いた。
「……うん」
「けどミスったらすまん」
「えっ」
長いなあこの短編……自分で書いといて何ですけど。
あと二、三ページくらいです。どうかお付き合いをば……!
次回更新は近日中に!




