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世界救済のハジマリ⑤


 ……え、何。何これ。


 俺は唖然としながら自分の手元か噴き上がった爆炎を見ていた。


 おかしい。これは何かが致命的におかしい。俺は別に変ったことはしていない。単純に、ダンブル○ア校長の指示に従って紙切れに魔力を流し込んだだけだ。

 発動するのは、掌から淡い灯を生み出す【ライト】のはずなんだが。


「【アクアヴェール】ッ!」


 呆けている俺のそばから水流が発生した。水流の帯は重なり合うと分厚い膜を形成し、俺の手から真上に噴出を続けている炎を鎮火させていく。


 ここで俺は周囲の人間が自分に向ける視線に気づいた。誰も唖然としたように俺を見ている。


「お兄さん、すっごーい! 何いまの!?」


 パン屋の幼女が目を輝かせながら走り寄ってきた。


「いや……正直俺もさっぱり……」


「いやはや、儂も驚きましたな。こんなことになるとは」


 老人もズレた眼鏡を直しながらそんなことを言っている。


「う……うっそぉ……」


「今のが【ライト】……? 冗談でしょ……?」


 少し離れたところでは少年二人があんぐりと口を開けてこっちを見ている。どうやら俺が発動した魔法のあまりの威力に衝撃を受けているようだな。


 ……ふむ。


「おらあああああ! さっきはよくもバカにしてくれたなぁぁぁぁあああ!」


「「ぎゃああああああああーっ!!」」


「お兄さん!?」


 とりあえず走り寄ってみると、少年たちは脱兎のごとく逃げ出した。おお、なんか気分がいいぞ。


「さあ言ってみろ! お兄さんをバカにしてごめんなさいと言ってみろ!」


「わかった! 言うから止まって! ほんと止まれって!」


「ちゃんとシャザイするから追いかけてこないで!」


 広場の中を走り回る。ちなみに俺がさっき持っていた魔法陣は一度使っただけで崩れてしまったため、あの少年二人にあれをぶっ放すことは倫理観以前の問題で不可能なのだが、向こうはそんなことに気付く余裕もなさそうだ。


 そんなふうにささやかな逆襲をしているとーー



「……何をしているのですか?」



 俺はその場でぴたりと動きを止めた。


 ぎぎぎと広場の入り口へと視線を向ける。

 するとそこには、昨日見た赤毛の少女が立っていた。

 俺は軽く頭を下げた。


「……どもッス」


「はい。お元気そうで何よりですね。ところで質問にお答えいただけますか?」


 少女はゆっくりと言い直した。


「こんな小さい子供を相手に、一体何をしていたのですか?」


 空腹のサーベルタイガーに至近距離から睨まれているかのような気分だ。


「お、鬼ごっこを少々」


「……鬼ごっこ……」


 赤毛の少女は俺が何気なく言った言葉にぴくりと反応した。それからじろじろと俺の顔を見てくる。


「……な、何だよ」


 俺は思わず顔を背けた。照れたとは認めたくないが、こいつほどの美人に正面から直視されて俺と同じ反応にならない男はそうはいないはずだ。


 赤毛の少女はふっと息を吐き、


「……いえ、何でもありません。それにしても、いくら昨日あんな目に遭ったからと言って小さな子供相手に八つ当たりとは器が知れますね。反吐が出ます」


 何でこいつは息をするように俺の悪口を言うのだろう。


「おう待てや。決めつけにも程があるぞ。俺はちょっと年上を敬えと言おうとしただけだ」


「子供が相手なら多少は大目に見てあげるのが年長者の役目でしょう。同じレベルで争ってどうするのですか。あなたはバカなんですか? 弱い上にバカなんですか?」


「ぐっ……!」


 こいつ感じ悪いなんてレベルじゃねーだろう! 何でこんなに俺には当たりが強いんだ。しかも言ってることがけっこう正論だから否定しづらい。


「あ、お姉さん! どうしたの?」


 幼女が駆けてきた。赤毛少女の表情が少し和らぐ。


「アイラ。いえ、お店の方が忙しくなってきたので、手伝いに来てくれと、旦那様が」


「そっか。わかったー、すぐ行くね!」


「はい。……ところで、その男はなぜここに? まさかとは思いますが、さきほど見えた炎の渦と何か関係があるのですか?」


 俺を視界に収めた途端に赤毛少女は嫌悪感たっぷりの表情に変わる。なぜか腰に手を回し、ベルトに挟まる木刀を掴む。まさかこいつ、俺が悪意を持ってアレをやったと思っているんじゃないだろうな。


「そうそう、お兄さんがやったの! 凄かったんだよー!」


「そうですか。では」


「ちょっ、こっち来んな! 事故! 事故だから!」


「知っていますか? 事故でも事件でも被害者が出れば同じことなんですよ? あと私はあなたのことが嫌いです」


「知ってるよちくしょう!」


「赤毛のお嬢さん。そのあたりで勘弁してやってくれませんかな」


 木刀を構えてにじり寄ってくる剣客少女に、それまで座っていた老人が声をかけた。


「誤解するのも無理からぬことですが、あれはそこの少年が言う通り、練習中の事故ですぞ。悪気があってのことではありません」


「そうだよ! お兄さん、自分でもびっくりしてたもん」


「……本当ですか?」


 あ、俺に聞いてるのか。


「当たり前だろ」


「そうですか」


 と、赤毛の少女はすっと構えを解いて木刀を下に向けた。怖えぇ……あいつマジ怖えぇ……。


「では、アイラ。帰りましょう。旦那様が待っています」


「うん! じゃーね、先生、お兄さん、みんなー!」


 と、茶髪の幼女は青いリボンをひょこひょこと揺らしながら剣客少女と一緒に広場を出て行った。


「……兄ちゃん、アイラんちの姉ちゃんと知り合いだったんだ」


「何であんなに嫌われてるの?」


「知らねえ……」


 むしろ俺が聞きたいぐらいだ。一体俺が何をしたと。



×××



「ねえお姉さん、なんでお兄さんのこと嫌いなの? 悪い人じゃないと思うよ」


 広場からの帰り道、アイラがそんなことを尋ねると、赤髪の少女は難しい顔を作った。


「……別にあの人だから嫌い、というわけではないんです」


「どういうこと?」


「簡単に説明するのは難しいですね……」


 赤髪の少女は遠くを見るように視線を空に向けた。そんな赤髪の少女の仕草は、アイラの目には、何か昔の記憶を思い浮かべているようにも見えた。


 赤髪の少女は手に持ったままの木の棒をーー彼女にとっての『剣』をぎゅっと握る。


 そして、ぽつりと呟いた。


「私は弱い男が嫌いなんです」


「そうなの?」


「ええ」


 赤髪の少女は吐き捨てた。


 嫌な記憶を思い出すように。


「男は女と違って、強くなってもいいんでしょう。……なのに強さを求めないなんて、そんなの怠慢じゃないですか」


 アイラは赤毛の少女の言葉を理解できなかったように、眉根を寄せて首を傾げた。


 そんなアイラを見て赤髪の少女は苦笑を浮かべる。


「……すみません。変な話をしましたね」


「うん。ごめんなさい、私よくわからないや。でも、どんな理由があってもお兄さんに悪口言うのはだめ。お兄さんとも仲良くしようよ」


「アイラがそう言うなら、善処します」


 二人はそんなやり取りをしながら、パン屋までの道のりを歩いた。



×××



 俺がこの街に来てから一週間が経過した。


 最初こそチンピラに絡まれたり、そこを助けてくれた剣客少女に罵倒されたり、魔法の才能がないとわかって絶望したり、再会した剣客少女に罵倒されたりもしたが、それ以降は特に目立ったトラブルもなく平穏な異世界転世ライフを送っている。


 女神から受け取った生活資金を食いつぶし、宿で食事をとり、眠る。これをループ。


 もちろんただ怠惰に異世界での日々を浪費しているわけではない。たった一人でもこの世界を生き抜いていくための術を身に着けようと日々努力している。


 その中の一つが、魔法のーーもとい、魔法陣の修行だ。


「お兄さん、それは何を描いてるの?」


 噴水広場の一角で黙々と羽ペンを動かしていると、茶髪の幼女が横から覗き込んできた。


「何だよアイラ、お前魔法の練習は?」


「今は休憩中なの。それで、お兄さんはさっきから何を描いてるの?」


「これは魔力を抑える【マジック・リミット】って魔法陣を描く練習だな」


「魔力を抑えるって……そんなの描いてどうするの?」


「決まってるだろ。自分に使うんだよ。お前、俺が初日に何をやらかしたか忘れたわけじゃないだろ」


「あー……」


 一週間ほど前、【ライト】の魔法陣を暴発させた俺の姿を思い出したようで、アイラは納得したような声を出した。


「確かにお兄さんが普通に魔法陣使ったら凄いことになるもんね」


「そういうことだ」


「けど、わざわざそれをお兄さんが描く必要ってあるの? 先生に描いてもらえばいいじゃん」


「ま、今のところはわざわざ自分でやる必要はねーな。けど、俺はいつまでこの街にいるかわかんねーからなあ。自分で描けるようになっとかねーと、のちのち不便なんだよ」


 俺が言うと、アイラがぱかんと口を開けて俺を凝視した。


「……お兄さん、いなくなっちゃうの?」


「あー……まあ、やらなきゃいけないこともあるしな」


 アイラは少し黙り込む。


「お、おい。どうした?」


「……お姉さんも、同じこと言ってた」


「あいつが何を言ってたって?」


「『この街はいつか出ていく』って」


 アイラは寂しそうに言った。


「あいつがそんなこと言ったのか?」


「うん。なんか、やらなきゃいけないことがあるんだって。お兄さんと一緒だね」


 俺と一緒? あいつが?


 そういえばあいつも確かよそ者だったな。女将の話じゃあ、ちょっと前にこの街に来たばっかりとか言ってたか。


 よそ者。やることがある。常軌を逸した腕前の剣術使いのくせに、剣の修行なんかしたことがないかのようにも見える華奢な体つきーーと、ここまで考えて俺は何か致命的なことに気付きかけたように思えたが、アイラの呟きが俺を現実に引き戻した。


「……嫌だな。ずっといてほしいよ。お姉さんにも、お兄さんにも」


「……」


 俺はため息を吐き、思考を中断した。


 羽ペンをインク壺に戻してからアイラと目を合わせる。


「え、な、なに?」


「……俺はこの街を出てくだろうし、あいつもそう言ったってことはそのうちどっか行っちまうんだろ。いくら寂しくても、引き留めたりしたら迷惑だ」


「……そうだよね」


「ああ」


 仕方ないことは世の中いくらでもある。寂しくても、名残惜しくても、人の邪魔をするのは良いことじゃない。


「けどまあ、アレだ」


「わ、わっ」


 俺はがしがしとアイラの頭を撫でた。驚いたように俺を見上げるアイラを無視して続ける。


「俺はこの街をそのうち出てくけど、また気が向いたら戻ってくるよ、多分。お前が一から焼いたパンも食ってみたいしな」


 アイラは茶色の髪をくしゃくしゃにされたまま、目をぱちぱちと瞬かせる。


 それから、少し間を置くと、ぱっといつものような笑みを浮かべた。


「……うん。頑張るよ。楽しみにしてて!」


「まともなモンが出てくるといいけどな」


「何でそういうこと言うかなー! やっぱりお兄さんっていじわるだよね!」




「アクアシュート!」




「っぶぁ!」


 ばしゃあ、と俺の顔面に水の塊が当たって服、書きかけの魔法陣もろとも水浸しになる。

 遠くから声が聞こえてきた。


「こらシグレ! 俺に黙ってアイラといちゃついてんじゃねーよ!」


「ああ!? このガキ、独占欲も大概にしろよ! お前みてーなやつが将来ストーカーへと変貌を遂げるんだよ!」


「二人とも落ち着いて! 喧嘩はダメだよ!」


 アイラが慌てて俺とゴンタの間に割って入る。


 最近はいつもこうだ。俺が少し話すと気に障るらしく、ゴンタのやつが俺に絡んでくる頻度が明らかに増えた。俺がゴンタにちょっかいをかけられる頻度はもはや日常と呼べるレベルまで達しており、師匠の爺さんももう一人の少年ももはや止めようという気持ちすら見えない。


「よしシグレ、もう一発行くぞ! 覚悟しろ!」


「【マジック・リミット】」


「【アクアシュート】! ……あれ!? 届かない!?」


 魔力を抑える【マジック・リミット】でゴンタの魔法の威力を下げ、向こうがうろたえている間に距離を詰める。ゴンタは泡を食って逃げ出した。


「ふはははは隙だらけだクソガキがぁー!」


「うわわわわわこっち来んな! 来んなっ!」


「だから二人とも、広場で暴れちゃダメだってばぁー!」


 俺がゴンタを追い回し、それをアイラが止める。今のところ異世界での俺の日常はこんな感じで騒がしくも賑やかである。手に汗握るバトルも可愛いヒロインも何もないが、まあいいだろう。今の俺の戦闘力では噛ませ犬臭のハンパないチンピラですら荷が重いしな。


 そうこうしているうちに時間は過ぎて。


「じゃあなー先生!」


「今日もありがとうございました!」


「さよならー!」


「はい。さようならですな」


 爺さんが子供たちと別れの挨拶をしている。


 すでに夕方に差し掛かり、空には茜色が差していた。生徒が子供だけあって修行はこの時間帯までと決まっている。


 爺さんと挨拶を済ませた子供たちが俺のほうを向いた。


「じゃあなシグレ! アイラは俺が送っていくからついてくんなよ!」


「ゴンタ、いっつも送ってくれるよねー。家の方向ぜんぜん違うのに。なんで?」


「な、何となくだよ! ……おいシグレ、何ニヤニヤしてんだよ、おいっ!」


「(・∀・)ナンノコトカナー」


 子供の恋愛ってなんかこう、微笑ましくなるよな。めちゃくちゃ茶化したくなる。


「それではさようなら、シグレさん」


 子供組の中で一番落ち着きのあるミツヒがそう言って、子供組は帰路についてーー


「あ、ストップだアイラ! 聞き忘れてた!」


「え? なにー?」


 歩き出しかけたアイラを呼び止める。


「お前の家で居候してる赤毛女の名前、なんて言うんだ?」


 アイラはきょとんとした顔で、あっさり答えた。


「言ってなかったっけ? お姉さんの名前はリッカだよ。リッカ・タチバナ」


「リッカ・タチバナ……?」


「うん。変わった名前だよねー。どこの国の名前なんだろ。なんかね、文字で書いてもらったんだけどそれも読めないの」


「文字? どんなのだ?」


「こんなの」


 アイラは、近くに落ちていた木の枝を拾って地面にがりがりと文字を刻む。


 俺はそれを見て、思わず絶句した。驚き、そして納得する。


 ……なるほど。そういうことか。


「おいアイラ、早く行こうぜ!」


「あ、うん! それじゃお兄さん、またね」


「ああ」


 アイラが特徴的な青いリボンを揺らしながら走り去っていく。取り残された俺は、じっと足元のアイラが残した文字列を凝視した。


 お世辞にも綺麗な字とは言えなかった。ところどころ間違ってもいた。


 だが、そこには確かにこう書かれていた。



 『橘 六花』と。


 あ、ああー忙しい! すっごく忙しいぞー! これは更新が遅れてしまっても仕方ないなー!

 ……四日は近日中の範囲内ですよね? きっと心優しい読者の皆様なら許してくださると信じています。

 今一番忙しい時期っぽくて、六月に入ればまた少し時間ができると思います。


 というか今更ですが、今まで言っていなかったような気がするのでこのあたりで明言しておきましょう。


 感想、ご意見などなど待ってます! ぜひぜひどうぞ! 感想乞食ってどうやってやるんだろう。


 次回更新は五月中に。

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