世界救済のハジマリ④
「噴水広場ってのは、この街の真ん中にある広場のことだね。何か催しをするときは大体あそこでやるよ。普段は子供の遊び場になってる」
すごすごと宿屋に帰還した俺は、再び女将から話を聞いていた。
「何か、その広場に魔法を教えてるジジ……お爺さんがいるって聞いたんですけど」
「ああ、いるねえ。昼過ぎから夕方くらいまで、近所の子供に青空教室を開いてるよ。昔はどっかの貴族のお抱え魔術師だったらしいよ? 本当かどうかは知らないけど」
どっかの貴族のお抱え魔術師、と言われても残念ながらぴんと来ない。まあこの言い方だときっと凄いんだろう。
「まあでも、行くのは明日にしたらどうだい? そろそろ日も暮れるしね」
「そうします」
こんな時間に出歩いて、またチンピラに絡まれでもしたら笑い話にもならない。そもそもその爺さんも夕方までしかいないらしいし。
というわけで、本日の活動は終了。俺は女将が作った温かい食事にありつき、街まで歩いてきた疲れもあって部屋に戻るなりベッドに倒れ伏した。
今日は色々あって疲れたが、こんなことで負けてたまるか。何せ俺は魔王討伐という大任を背負ってこの世界にやってきたんだからな。早まった気がしないでもないが、せっかくの異世界だ。楽しんでいこう。
×××
「正直驚きましたな」
「そうっすか」
「はい。ここまで才能のない人間は初めて見ました」
翌日の俺は、出会って間もない相手から罵倒されていた。こ、このジジイ……!
ーー三十分前ーー
「お、ここが噴水広場か」
翌日、宿で朝食を済ませた俺は、女将に教えてもらった場所に足を運んでいた。
街のおよそ中央にあるそこは、広場というだけあってそこそこの面積を持つスペースだった。地球の感覚で言えば、大きめの公園から遊具を撤去し、外周に等間隔で木を植えれば俺の目の前にある空間に近いものが出来上がるだろう。広場の中央にはそこまで大きくもないが、確かに噴水が設置されておりーーここで俺は目当ての人物を発見した。
子供が三人。それに囲まれるようにして噴水のへりに座っているのは、腰の曲がった細身の老人だ。おそらくあの人物が、『近所の子供に魔法を教えているジジイ』なのだろう。
よし、とりあえず行ってみるか。
「すんませーん。ちょっといいですか」
「む?」
話しかけると、老人は子供たちから目を離して俺の方を見た。
年は六十を超えたくらいに見える。白いひげを長く伸ばし、顔には丸眼鏡。杖こそ持ってはいないが確かに魔法使いっぽい雰囲気がある。
具体的にはホ○ワーツの校長にとてもよく似ている。
「何ですかな、少年。見たところ、この街の人間ではないようですが」
「この街には昨日来たばっかりなんですよ。それで、ここに来れば魔法を教えてくれる方がいると聞いてたもんで、いきなり来て図々しいとは思うんですがーー」
俺にも魔法の手ほどきをしていただけませんか、と言いかけたところで。
「あ、昨日のお兄さんだ!」
「ん?」
子供の一人が俺を指さして言った。
こげ茶色の髪を肩のあたりで切りそろえ、ほおにそばかすの散る女の子だ。髪に結ばれた大きな青いリボンが目を引く少女……というか幼女だな。見たところ小学校の低学年くらいに見える。
そして俺は、その青いリボンに見覚えがあった。
「あ、パン屋の」
「そう! 偶然だねー!」
「む、アイラの知り合いかね?」
「うん。昨日、路地裏でこわーい男の人たちにいじめられてたのを、うちのお姉さんが助けてあげたの!」
俺は昨日、この街に来て早々チンピラに絡まれて全財産を強奪される瀬戸際に追い詰められた。そのときたまたま通りかかって俺を救出してくれたのが、この幼女と、その連れの剣客少女だった。
それにしても、昨日の今日で再会するとは確かに凄い偶然だ。俺は『子供に魔法を教えるジジイ』という話だったが、この幼女はこの老人から魔法を教わりに来ているのだろうか。
「ほう。それは災難でしたな。ケガはありませんでしたかな?」
「もう平気ですよ。あんなのは二度とごめんですけど」
「ははは、これからは気を付けた方がいいでしょうな。一人でスラム街のそばに迷い込むと大抵ひどい目に遭う」
言われなくても、当分一人で路地裏に入ることはないだろう。前回は運よく助けられたが、あんな幸運が二度続くとも思えないし。
「それでお兄さんは何しに来たの?」
「ああ、そうだった。……お爺さん、図々しいようで恐縮ですが、俺にも魔法を教えちゃくれませんかね」
「魔法を……? いえ、それはもちろん構わんのですが、儂はこちらの子供たちに教えるのを楽しみにしておりましてな。少年にかかりっきりになるわけには……」
「ああいえ、大丈夫です。俺もこの子供たちに混ぜてもらえれば」
「は……?」
老人は困惑していたようだが、俺からすれば正直、子供相手のレクチャーでもついていけるか怪しい。
「……まあ、基礎に立ち返るのも時には必要でしょうな。では、まず基本の詠唱からやっていきましょうか。まずは【火】系統の初歩、【ライト】から」
「「「はーい!」」」
子供たちは元気よく返事をし、何やらもごもごと唱えると、掌から小さな蛍火のようなものを生み出した。言うまでもなくマッチもライターも使っていない。すげえ、この世界って本当に魔法があるんだな……。
「何をしているのですかな? ほら、少年も」
怪訝そうに老人が俺に言ってくる。
「あ、すんません。やり方教えてもらっていいですか?」
「……? ただの詠唱魔法ですぞ。まず体内で魔力を【火】系統に変化させ、呪文に乗せて発するのです。呪文は、『ともしびよ、わが手の示す先を照らせ』」
「呪文……」
そうか、それか。それを知らなかったから俺は今まで魔法が使えなかったのか。
なるほど。となると、俺にもついに魔法が……!
俺は少し興奮しながら左手を前に突き出した。
「……ともしびよ、わが手の示す先を照らせーー【ライト】!」
静寂。
「何も起こりませんな」
「そっすね」
「真面目にやっておられますか?」
「ええ。心の底から」
やめろ。疑いの目で見るな。俺は真剣なんだ。
「とにかく、もう一度です。今度はきちんと体内で魔力を【火】系統に変化させてからーー」
「はあああああああッ! ともしびよ、わが手の示す先を照らせ! 【ライト】!」
失敗。
「魔力を声にまとわせるようなつもりで発声をーー」
「【ライト】ぉ!」
失敗。
「な、なんということだ……!」
失敗の数が二十を数えた辺りで老人は目を見開いた。
「正直驚きましたな」
「そうっすか」
「はい。ここまで才能のない人間は初めて見ました」
三十分ほど手ほどきしたのち、老人はそんなことを言った。
まあそれも仕方ない。俺は子供でもできる初歩中の初歩とでもいうべき魔法をついに一度も成功させることができなかったのだから。
「兄ちゃん、下っ手くそだなあ……」
「魔法やめたほうがいいんじゃないの?」
「ぐっ……!」
お爺さんに魔法を教わりに来ていた少年たち二人が口々にそんなことを言ってくる。くそっ、こんな子供にバカにされるなんて屈辱的だ!
「お兄さん、あのね、魔法を使えうときはもっとゆっくりやるんだよ。もう一回がんばろ?」
そんな中でも俺を励ましてくれるパン屋の幼女はおそらく天使かそれに類する何かだと思われる。
「うーむ……」
それから二、三回失敗したのち、俺はぼんやりと考える。
三十分のチャレンジの果てに得た結論は、どうやら問題があるのは俺のほうらしい、ということだった。
確かに俺には大量の魔力があるのかもしれない。だが、俺にはその魔力を『魔法』に昇華させるだけの技術がない。
簡単に言えば、『大量の貯金を持っているのに、通帳もカードもないから取り出せない』みたいな状態だと推測される。……まあ、今となっては本当に俺の体内に魔力があるのかすら怪しいもんだが。
「っていうか、お前らは何でそんな簡単にできるわけ? 何かコツとかあるのか?」
子供たちに尋ねてみる。するとパン屋の幼女と同い年くらいと思われる少年二人は顔を見合わせた。
「どうって言われてもなあ」
「こんなの普通に暮らしてたらできるでしょ? 魔力が使えないと、魔法具で火をつけることもできないじゃん」
普通に暮らしてたらって……ああ、そういうことか。
おそらく『この世界』で子供の頃から普通に暮らしてたら、基本的な魔力の扱いは自然と覚えるんだろう。当たり前すぎて説明するのも難しいくらいに。俺に魔力を扱うスキルがないのは、単純にこれまで地球で過ごしてきたことが問題なわけだ。
そんなふうに一人で納得している俺に、少年たちがこんなことを言ってきた。
「まー、才能の差? ってやつだよ。ごめんな兄ちゃん」
「だね。いやー、世の中ってザンコクだなー」
「あ? てめーら黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! そこ並べ、年上への口の利き方を教えてや( → 眼前に迫る水の塊 )あっぶねえええええ!」
「あ、外した」
「やっぱ【アクアシュート】は当てるの難しいねー」
こ、このクソガキども……!
「もう、二人ともお兄さんをいじめたら駄目でしょ!」
「「はーい」」
そしてまた幼女に庇われているという現状。俺はこの世界だと年齢が半分くらいの相手にすらいじめられるんですか。
「こらこら、何をしているのですかな。広場で暴れてはいけませんよ」
「ごめんなさい」「……ごめんなさい」
と、老人が割って入る。俺に水の塊を撃ちだしてきた二人の子供は素直に反省したような表情を見せた。ザマ見ろ。
「あなたもですぞ、少年」
え? 俺も?
「……すんません」
ニヤニヤと笑っているクソガキどもが腹立たしい。
「さて少年、これは提案なのですが、少し違う方法を試してみませんかな?」
「違う方法?」
「これです」
と、老人が懐から取り出したのは十五センチ四方くらいの紙きれ。黒いインクで幾何学的な模様が描かれている。何かこれ見たことあるぞ。鋼の錬○術師で。
「なるほど。錬成陣ですか。一は全、全は一……」
「少年。人の話はまじめに聞きなさい」
あれ? 違った?
「これは魔法陣、というものですな。先ほどまでやっていた『詠唱』とは異なり、魔法陣は魔力を流すだけで効果を発揮できます。これも同じ【ライト】ですが、詠唱ほど複雑な魔力制御は必要になりません」
「あー……魔力を流すだけ、ですか」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと自信なくて」
魔力を流すだけ、と言われて思い出すのは昨日の魔法具店での一幕だ。あれも確か魔力を流すだけで効果を発揮すると言われたが、結局俺はあの槍に魔力を込めることはできなかった。
「まあ、騙されたと思ってひとつやってみてください。きちんと儂が教えますぞ。……まあ、いくつか欠点もあるのですが」
「欠点ですか」
「なに、魔力が多めに必要だったりする程度です。きちんと魔力さえあれば誰でも使えるはずですぞ」
「……わかりました。やってみます」
俺は魔法陣を受け取った。魔力を流そうと念じてみるーーが、案の定魔法陣はまったく反応しない。
「重要なのはイメージです。魔力は見えませんが、必ずあなたの中にあります。血液と同じように、全身を絶えずめぐっています」
老人の落ち着いた声が耳に滑り込んでくる。
「感応紙を、あなたの身体の一部だと思ってください。そこにはあなたの身体と同じように血が流れ込みます。魔力も同様に」
この紙が、体の一部。……手の一部。血液を流すように。
ああ、何か、ちょっとわかったようなーー
「無駄だと思うけどなー」
「ゴンタはまたそういうこと言って。まだわからないでしょ? 先生も、あの魔法陣? は詠唱より簡単って言ってたし」
「いや無理だって。絶対無理。あんなのできっこないよ」
老人に教わって魔方陣の起動を試みるシグレを見ながら、ゴンタと呼ばれた少年はフンと鼻を鳴らした。
その様子にパン屋の娘ーーアイラが首をかしげていると、もう一人の少年がアイラにこっそり耳打ちした。
「ゴンタはね、この間先生に魔法陣をやらせてもらって失敗したんだよ。だから拗ねてるんだ」
「え、そうなの?」
「失敗してねーよ、適当なこと言うなミツヒ! あんなのズルだ! インチキだ!」
「どういうこと?」
ふてくされた表情の少年にアイラが尋ねると、ゴンタは憮然とした様子で言った。
「……あの魔法陣ってのは、そんな簡単なもんじゃないんだ。あれで魔法を使うと、どんなに頑張っても普段の半分の半分くらいしか力が出ないんだよ」
「え、どうして?」
アイラの疑問をもう一人の少年・ミツヒが補足する。
「先生が言ってたけど、なんかあの紙に魔力を流すと、八割くらいローシュツしちゃうんだってさ。だがら、あれを使うと全然たいした威力が出ないのさ」
「ふーん……」
アイラがわかったようなわかっていないような呟きを漏らすそばで、ゴンタは魔法陣を使った時のことを思い出すように吐き捨てた。
「あんなの普通使えっこないよ。それこそーーよっぽどたくさんの魔力を持ってないと」
ゴンタが言った、次の瞬間。
ごうっ! と激しい音を立て、凄まじい業火が三人の視界を真っ赤に染め上げた。
ゴンタ、ミツヒ、アイラの三人はあっけにとられて真上に伸びる炎の渦を見る。
炎の発生源では、黒髪の青年が何が起こったかわからないと言った顔で呆然としていた。
次回更新は近日 ← 大嘘
学校行ってバイトして帰宅、ぐーたらしているうちに更新のタイミングを逃す、まあ明日でいっかな、の無限ループが幕を開け前回更新から三週間が経過しました。浦島太郎みたいな気分です。
じ、次回更新は近日中に! 今度こそ!




